カテゴリー「哲学・思想」の13件の記事

2010年2月26日 (金)

「横浜事件」再審裁判をふりかえって…小平克氏の論考をご紹介します

 言論弾圧事件として知られている横浜事件の元被告5人の遺族による刑事補償請求に対して、2月4日、横浜地裁は請求通り約4千7百万円の補償金支払決定が決定し、実質的に勝訴したことについては、既に2月6日付ブログを掲載しました。(→「横浜事件、実質勝訴(刑事補償請求)・・・いまだに危うい民主主義と人権」

 今回、再審請求支援活動に当初から関わっていた小平克氏から「『横浜事件』再審裁判をふりかえって」という論考をいただきましたので、ここに紹介させていただきます。

 今回の裁判は、「横浜事件」が当時の治安維持法からしても無罪であることを争ったものでしたが、治安維持法自体が国民の民主主義的権利を弾圧する不当なものであり、今回の訴訟でも同法の不当性を強く訴えていました。また小平氏の論考は、日本の検事、裁判官がいかに権力と癒着していたか、そして戦後を生き延びたかについても述べられています。『憲法は変われども司法の人脈は変わらず」です。

 ここでは、「はじめに」の一部をご紹介し、全文はPDFで御覧頂きたいと思います。保守的で官僚主義的な検察庁、裁判官組織が如何に大手を振って闊歩しているか、その状況を見て怒りを持たない人はいないと思います。

・・・・・・・・・・・・〈引用〉・・・・・・・・・・・・・・

 刑事補償請求「決定」の内容は、新聞各紙が伝えているように、「横浜事件」が虚構にもとづくものであり、故小野康人氏の判決は冤罪であったとじつに明確に指摘し、根拠法の「治安維持法」が「拷問による自白」を惹起させるものであったと批判し、裁判官および裁判所の責任も厳しく指摘しています。大川弁護士は「本日の決定は、治安維持法によって冤罪がつくられたこと、及びそのことにつき司法当局の責任があることを裁判所が史上はじめて認定した」と「メモ」に記しています。現職の裁判官が過去のことであっても裁判官や裁判所を批判するのは大変なことであったと思いますが、公判の「判決」においてではなく刑事補償請求の「決定」で述べられているのはやはり残念です。司法が「横浜事件」裁判に正面から向き合おうとせず、責任を回避したことになるからです。

「治安維持法」により検挙された者、すなわち特高警察による苛烈な拷問を受けた人々は、「内地」(内務省発表)で68,508人(1928年~45年)、朝鮮半島(朝鮮総督府発表)で25.635人、合わせて10万人に近いのです。「横浜事件」再審裁判は、このような過去の被害者救済に関わるものですが、戦前の「神国日本」とその帰結というべき戦時体制の支柱として機能した「治安維持法」の実態をつぶさに明らかにしたものであり、さらには「国民会議」に示される今日の国体護持勢力にたいする批判にもなるものでした。
「日本会議」の前身が78(昭53)年に元最高裁長官石田和外氏のよびかけて作られた「元号法制化国民会議」であって、現在の「日本会議」の会長は元最高裁長官の三好達氏です。戦前の裁判官は戦後もそのままその地位が認められ、「横浜事件」当時の司法省刑事局長であって「治安維持法」による検挙の陣頭指揮をとっていた池田克氏が54(昭29)年に最高裁判事に任命されているように、憲法は変れど司法の人脈は変らず、その人脈により継承された国体思想が司法内部に潜在していたと思われます。

・・・・・・・・・・・〈引用終了〉・・・・・・・・・・・・・

 小平克氏の論考全文はPDFファイルにしてリンクしてありますので、ココ〈「横浜事件」再審裁判をふりかえって〉をクリックして下さい。

 目次は下記の通りです。

〈 「横浜事件」再審裁判をふりかえって 〉
 はじめに
 再審裁判は「起承転結」の経過をたどった
 「中川決定」で再審裁判は「転」の段階を迎えた
 再審請求の第3次と第4次との関連
 最終決戦としての第4次再審請求
 佐藤・大川両弁護士による白熱した意見陳述
 期待していた判決は「免訴」だった
 最終的幕引きは四幕目の後だった
 おわりに

森 史朗(和泉通信) 2010/02/26

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2010年2月 6日 (土)

横浜事件、実質勝訴(刑事補償請求)・・・いまだに危うい民主主義と人権

 言論弾圧事件として知られている横浜事件の元被告5人の遺族による刑事補償請求に対して、2月4日、横浜地裁は請求通り約4千7百万円を交付する決定を行いました。決定は、「再審公判で実態判断できたら、無罪判決を受けたことは明らか」と述べ、5人を実質的に無罪と判定しました。すでに亡くなっている5人の元被告は治安維持法によって有罪とされましたが、それは特高によりでっちあげられた話を拷問によって強いられた冤罪でしかありませんでした。終戦を挟んでのずさんで人道を踏み外した特高、検察官、判事による犯罪とも呼べる行為は小平克氏の「『横浜事件』第4次再審請求が意図するもの」が詳しいので是非読んでいただきたいと思います。

 昨年(2009年)3月30日、再審に積極的であった横浜地裁の大島隆明裁判官が担当したことから、無罪判決への期待が高かったのですが、結局は二回目の再審でも「免訴」判決に終わりました。しかし、2009年4月18日付の当ブログ「『免訴』判決の壁破れず・・・『横浜事件』第4次再審結審」でも紹介したように、同判決は、その理由中で、「横浜事件の歴史的背景事情、後に神奈川県特高による拷問が認定された有罪判決が存在すること、本件の確定判決は終戦直後の混乱期に言い渡されたもので、永久保存されているはずの事件記録が故意に廃棄されたと推認されること」などを認め、無罪判決により名誉回復を図ろうとしている請求人らの心情は理解できるとした上、刑事補償を受け得る可能性の強いこと、その刑事補償の手続の中でも名誉回復を図れることを強く示唆しています。こうした意味で、同判決は、小野氏だけでなく、横浜事件のすべての犠牲者に対し、特高警察を含む司法の誤りを実質的に認めたものと評価できるとされています。(2009.3.30日弁連会長談話より)」

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2009年5月16日 (土)

「エンデの遺言」が提起する「貨幣への問い」

 5月1日のブログに《ミヒャエル・エンデの「モモ」再読》を掲載しましたが、今回は「エンデの遺言・・・根源からお金を問うこと」という本を読んで考えたものを掲載します。書いたのは2003年9月とだいぶ前のことですが、経済や地域コミュニティー論を考えて行く上で面白く読んでいただけると思います。
 「モモ」は時間について考えた童話(哲学書)でしたが、ここでも時間の経過に伴って価値が下がる貨幣を提案するなど、時間に絡んだテーマが出てきます。今日の金融危機を警告した書ともいえましょう。

 (印刷をする方は、PDF版を利用下さい。)

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《 「エンデの遺言」が提起する「貨幣への問い」 》

1.「エンデの遺言」

 ミヒャエル・エンデ(1929~1995)は「モモ」、「はてしない物語(ネバーエンディング・ストーリー)」で有名なドイツ人作家です。エンデの童話は子供だけでなく大人をも引き込んでしまう魅力を持っていますが、それは、そこに含まれている現代社会への鋭い批判によるものです。

 さて、そのエンデは現代社会の問題の根源を貨幣のあり方に求め、問題解決の道として新しい通貨を提案していました。私は、最近、知人から「エンデの遺言」という本を紹介されるまで全く知りませんでしたが、「ミヒャエル・エンデ館」というインターネット上のホームページにも「エンデと金融経済」という項が設けられていました。(2009年5月現在は地域通貨へのリンクがあるだけです。)

 「エンデの遺言」は1999年5月4日・5日にNHK・BS1で放送した同名の特別番組の内容を本にしたものです。NHK出版から2000年2月に出版された本ですが今年になっても増刷が続いていますので、読者層はかなりの拡がりを持っているようです。

 以下はエンデが提起した貨幣への問いを私なりに整理し、批判を試みたものです。現代社会への危機感については私もエンデと共有しているつもりですし、地域通貨というものの可能性にも期待を寄せているものですが、だからこそ、そこに含まれている危うさを批判しておくことは重要だと思います。

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2009年5月10日 (日)

藤原正彦著「国家の品格」書評(2/2)…史的総括を欠く復古主義

「藤原正彦著『国家の品格』書評(1/2)…史的総括を欠く復古主義」の続編です。

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「4.『情緒』と『形』の国、日本」

 破綻した西欧的論理、近代的合理精神に著者が対置するのが日本人の持つ美しい情緒や形である。では、情緒や形とはどういうものか。著者は「情緒」について以下のように説明する。

《 真っ先に言えることは、自然に対する繊細な感受性である。日本人は、生活の中の何気ない行為も茶道、華道、書道といった芸術にしてしまう。格闘技も柔道、剣道など美や礼を重視する。日本は一年を通じて自然の驚異が絶えない。それ故「悠久の自然と儚い人生」という対比を感じやすい。これが日本的「無常観」である。

 無常観はさらに抽象化されて、「もののあわれ」という情緒になった。人間の儚さや、悠久の自然の中で移ろいゆくものに美を発見してしまう感性である。日本人は自然に対する畏怖心とか、跪く心を元来持っている。欧米人にとって自然は、人類の幸福のために征服すべき対象である。日本人は、自然に聖なるものを感じ、自然と共に生きようとした。だからこそ神道が生まれた。

 もう一つ、日本人の誇りうる情緒として、「懐かしさ」がある。日本人の郷愁は、緊縛感とも呼べるものを伴った濃厚な情緒で、著者が「四つの愛」と呼ぶものの基本となる。家族愛、郷土愛、祖国愛、この三つが固まった後で、最後に「人類愛」である。順番を間違えて人類愛から教えようとしてはならない。「地球市民」なんて世界中に誰一人いないし、誰からも相手にされない。根無し草と付き合っても、何一つ学ぶものがないからである。

 「祖国愛」には「戦争の原因になる」として不信の目を向ける人が多い。実際は逆で、祖国愛のない者が戦争を起こすのである。「愛国心」という言葉には二つの流れがある。一つは「ナショナリズム」、自国の国益のみを追求する、あさましい思想である。「祖国愛」は、パトリオティズムに近い、自国の文化、伝統、情緒、自然への愛である。明治以降、この二つのものをないまぜにした「愛国心」が、国を混乱に導いてしまった。一般の人は、ナショナリズムは敬遠した方がよい。しかし政治家、官僚には、ある程度のナショナリズムも必要。現実世界を見るとダブル・スタンダードで行くしか仕方ない。無論、リーダーたちの過剰なナショナリズムへの警戒は怠ってはならない。 》

 「無常観」、「もののあわれ」といった情感の貴重なこと、日本で特に発展したものとして世界に発信して行かなければならないということには私も同意できる。しかし自然と人間の一体感をうたった思想や文学は、その濃淡はあるにしても世界に普遍的なものである。神道的アニミズムも同様である。ここでは、天皇制との関係について無批判のまま神道を日本のすぐれた伝統として描き出すことに違和感を覚える。

 ナショナリズムと祖国愛を対比しながら述べているが、排他的な愛は、家族愛、郷土愛にも存在する。こうした愛は、外部の他者との共感を重ねて行く中でより広い愛に発展していく契機を内包しており、そうした努力が大切なのではないだろうか。またこれらの愛の普遍性については、著者が批判したアダム・スミスが、「彼自身の幸福について、彼の家族、彼の友人たち、彼の国の幸福についての配慮」を大切にすることを求めていたことを思い出してもらいたいものである。本書の冒頭で「孤高の国」として世界に範を垂れよと言った著者がナショナリズムでのダブル・スタンダードを当然視したり、「国民は永遠に成熟しない」とした著者が「無論、リーダーたちの過剰なナショナリズムへの警戒は怠ってはならない」と警戒を求めたり、矛盾を感じるのは私だけであろうか。

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藤原正彦著「国家の品格」書評(1/2)…史的総括を欠く復古主義

 さて今回は、一時よく読まれていた「国家の品格」という本を読んでの批判書を紹介します。「国家の品格」は、小泉政権や「新自由主義」を批判しつつ、戦後民主主義も批判し、日本古来の道徳の復権を主張する本です。

 与党は、追加経済対策と「右バネ」で今度の総選挙を乗り切ろうとしているかに見えます。「国家の品格」の荒っぽいけれども情緒的な「戦後民主主義批判」はそんな時に通奏低音のような効果をもたらします。今、そうした怪しい論理に対する批判的な視点を確認しておく意義はあると思います。2006年5月に書いたものですが、ブログに載せるのは初めてです。少し長いので、2回に分けて掲載します。

《 藤原正彦著「国家の品格」を読んで…史的総括を欠く復古主義 》

 藤原正彦氏は社会の幅広い分野で発言されている数学者として知られている。藤原氏の父親、新田次郎氏は、私の出身高校の大先輩であり、藤原正彦氏もご両親の出身地である長野県諏訪についてたびたび触れられることもあり、私は藤原氏に勝手な親しみを覚えていた。その藤原氏の書いた「国家の品格」(新潮新書2005.11.20刊)という本が評判となりよく読まれている。書名が気になり、今回読んでみたが、なるほど、確かに読者をスカッとさせる本である。しかし、それ故に、憲法や教育基本法の国家主義的な改正が進められている今日、よく気をつけて読まれなければならない書であると思われた。以下、著者の論述に沿って、論点を吟味していくこととしたい。

 著者は、「はじめに」で、本書の論旨を述べている。
《 筆者は、長い国際経験を通じて、国や地域によって、物事の判断の仕方、決め方に違いがあり、それが国柄ともいうべきものとなっていることに気づいた。以心伝心、あうんの呼吸、腹芸、長幼、義理、貸し借りという言葉に象徴される日本流。論理の応酬だけで物事が決まっていく米国流。慣習や伝統、誠実さやユーモアの方が論理より重んじられる英国流。今日のグローバル化は、各国の国柄を米国流に均質化しようとするものであり、日本で進められている経済改革も米国化に過ぎず、その市場原理により日本人は金銭至上主義に取り憑かれてしまった。
 今こそ本来の日本の国柄の回復が求められる。日本の国柄とは、古来の情緒(懐かしさやもののあわれ)とか、形(武士道精神からくる行動基準=道徳)とかいうものである。これらは、昭和の初め頃から少しずつ失われ、終戦で手酷く傷つけられ、バブル崩壊後は、崖から突き落とされるように捨てられてしまった。今こそ、欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければいけない。「孤高の日本」を取り戻し、世界に範を垂れることこそ、日本の果たしうる世界史的貢献である。 》

 私も英国で五年半働き、米国人とも共に働いた経験があるが、著者の米英の国柄の描写は理解できるものである。グローバリズムへの批判的視点も共有できそうである。しかし、「欧米支配下の野卑な世界」という現代への時代認識と、「『孤高の日本』を取り戻し、世界に範を垂れることこそ、日本の果たしうる世界史的貢献である」という課題認識には世論をミスリードする危険を感じざるを得ない。

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2009年5月 5日 (火)

「ソフィーの世界」を読んで(5/5)…西洋哲学史についての私的概観

 5回分割の最終回は5月6日にブログ掲載を予定していましたが、1日早めて5日10時a.m.に掲載しました。第4回は、5日9時a.m.に掲載しました。

 《 「ソフィーの世界」を読んで(1/5)…西洋哲学史についての私的概観 》からこのブログ記事は始まります。

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13.私達の時代の哲学

 ゴルデルはサルトルの実存主義について述べたあと、実存主義を含め、過去のいろいろな哲学の流れが二十世紀にもう一度花を咲かせ衣替えして登場してくるとして、新トマス主義(注17 )、経験論の流れをくむものとして分析哲学(注18 )、論理実証主義(注19 )、その他新マルクス主義の多くの潮流、新ダーウィニズム、唯物論などをあげている。

 そして、「結局、哲学の問いとは、それぞれの世代が、それぞれの個人が、何度も何度も新しく立てなければならないのだ。」「けれど、人間のすることは何事も玉石混淆だ。いい悪いを選り分けなければならない。だからこの哲学講座をやったのだ。君はもう、ぼくたちの思想の歴史という背景を知っている。だから石ころと宝石の見分けもつくだろう。それができれば、人生の方向が見つけやすくなる。」とこの哲学講座の目的を述べている。

 科学がここまで発展した今日、哲学は科学的な知を踏まえたものでなければならない。しかし科学の目的は人類の調和のとれた発展であり、科学をそのように活用できるようにコントロールするのは人間である。その意味で組織された人間集団としての社会やその構成員としての個人の判断力をしっかりとしたものにしていくことが哲学の重要な課題であることも間違いない。人類が時間的にも空間的にも人「類」としてしか存続し得ず、かつ実際には人類は個々の有限な命をもった人間としてしか存在しない、という状況の下ではこれまで人類が哲学として繰り返し問うてきた問題を、すべての個人が一度は自分自身で問うてみなければならないのだろう。そしてその問いは過去の哲学史から学び吸収した上で新たな今日的課題に対応する発展を実現するものとならなければならない。

 人類の知の到達点は、世界や人間のすべてを明らかにできたわけではないが、何も明らかにできていないわけでもない。到達点を明らかにし、新たな知への冒険、生への挑戦に向かわなければならない。今日、日本社会の混迷と停滞が叫ばれながら、尚問題やその解決方向が定まらないでいるのも放置できない問題である。まさに日本の知が問われており、その知の創造は国際的にも寄与できるものとなるだろう。

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「ソフィーの世界」を読んで(4/5)…西洋哲学史についての私的概観

11.実存主義と科学的社会主義(19世紀-)

 ここでゴルデルはソフィーに赤と青のジュースを飲ませ、世界の見え方の違いを述べさせる。赤いジュースはスピノザやロマン主義の汎神論、カントの理想主義、すべてを世界精神の現れと見たヘーゲルの考え方で、青のジュースがキルケゴールの「個人主義」だ。

 キルケゴールは、人は時代の子であるだけでなく、一人ひとりが、一回だけの生を生きるたった一人の個人なのだ、ロマン主義の汎神論もヘーゲルの歴史主義も、個人からその人ならではの人生を送る責任を取り上げてしまった、と批判した。たった一つの普遍的な大真理を探究することより、個人が生きる上で意味のある、個人の数だけの真理、言い換えれば「この私にとっての真理」を探究することの方が大切だ、と考えたのだ。

 キルケゴールにとって大切なのは、一人ひとりの実存、つまり個人が事実どう存在しているか、ということだった。人は行動して初めて、さらには自分の存在と深くかかわる重大な選択の前に立たされて初めて、実存を体験する。だから「真理は主観的(サブジェクティブ)だ」、主体的な真理だけが、自分にとっての真理なのだ。

 キルケゴールは人生には、刹那的に生きていて楽しむ機会ばかりを追求している「美的実存の段階」、まじめに道徳を守って生きる「倫理的実存の段階」、そして信仰に生きる「宗教的実存の段階」の三つがあるとした。そして、「生ける神の手に飛び込むのは恐ろしいこと」かも知れないが、人はこうして初めて救済される、と彼は考えた。神は存在するかどうかというような問題は理論も学問も通用しない、この問題には一人ひとりがたった一人で向き合い、信じることによってしか近づけない、というのだ。

 だから、キルケゴールはソクラテスを、自分のありようのすべてを哲学的な思索と結びつけた「実存的な」思想家だとして高く評価した。そして一方で、キリスト教の堕落を批判した。キリスト教を真理として信じるだけではだめだ、キリスト教を信じるとはイエスの生き方をなぞることだ、と彼は考えたのだ。(p.478-91)

 ニーチェもヘーゲル哲学に反発し、生そのものを賛美した。但しキルケゴールと違い、キリスト教の道徳を奴隷の道徳として否定した。ニーチェは「大地に忠実であれ」「この世ならぬ希望を語るものに耳を傾けるな」と説いた。そして「神は死んだ」、人は強く生きなければならない、弱者に足を取られてはならないと主張した。(注12 )

 ゴルデルは「キルケゴールとニーチェから影響を受けたのが、ドイツの実存哲学者マルティン・ハイデガーだが、この人は飛ばして、フランスの実存主義者、ジャン=ポール・サルトルに行こう」と飛んでしまう。(注13 )

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2009年5月 4日 (月)

「ソフィーの世界」を読んで(3/5)…西洋哲学史についての私的概観

9.大陸合理論とイギリス経験論(17世紀~18世紀前期)

 17世紀はバロック(「ゆがんだ真珠」の意味)文化の時代とも呼ばれ、主観性を強めた人間肯定の傾向と悲観的な厭世的な傾向と、二つの対立する傾向を同時に内包していた。絶対王政の強化と三十年戦争(1618-48年)による欧州の荒廃が背景にあった。「人生は劇場だ」或いは「人生はつかの間の夢」と見るような刹那主義的な考え方が広がった。哲学の世界でも、ホッブズ(注7)に代表される機械的唯物論と、存在はつきつめれば精神的なものだという伝統的観念論との間で鋭く対立した。(p.289-95)

 美術史上はルネサンスとバロックの間に主観性の強まったマニエリスムの時代があり、バロックはマニエリスムに対し客観性を回復した側面を持つが、ゴルデルはこの点については触れていない。

注7 ホッブズ(Thomas Hobbes1588-1679)
 イギリスの哲学者。自然主義・唯物論を国家・社会にも適用した。
自然状態では人間は万人の万人に対する闘いの状態にあるが、
相互の契約によって主権者としての国家を作り、万人がこれに従う
ことによって平和が確立されることを説く。主著「リヴァイアサン」。
(広辞苑第五版より)

 デカルトとスピノザ、ライプニッツ(注8)の合理論は英国の経験論と並び17世紀の哲学を代表するものだった。特にルネサンス後で初めて哲学を体系として構築したデカルトは近代哲学の父と言われる。

 デカルトの関心は「人間の認識の確かさ」と、「人間の肉体と精神の関係」にあった。彼はたしかな知の体系をつくるためには、複雑な問題をできる限り単純な問題に分解していく必要があると言った。単純であるが確実な知から出発し、それを慎重に検算をしながら積み上げていくことによって複雑な問題についても確かな答えが出せると考えたのだ(演繹法)。そしてその確かな知を探すために、彼はまずすべてを疑うとことから始めた。感覚が語ることも信用できないとした。そして一つの疑いようのないものを見つけた。すべてを疑おうと考えている自分がいるということだ。「我思う(コギト)ゆえに我あり(エルゴ スム)」だ。

 次いで、考える「私」と同等に直観的に確実なものとして、彼は「完全なもの」つまり神という観念が確かなものとして認識された。そして自分という不完全な存在が「完全なもの」の観念を創り出せるはずがないから、「完全なもの」という観念は「完全なもの」自身すなわち神から出ているに違いない。こうしてデカルトは神の存在を確かなものとみなした。

 外部の自然については、その量的特性のみ確かなものと信頼できるとした。しかし思考の中に存在する現実と外に存在する現実とは性格を異にするとして、前者つまり精神を「思惟」と呼び、後者すなわち物質を「延長(ひろがり)」と呼んだ。思惟は意識するだけで、空間の中に場所をとらず、小さな部分に分割されることはない。一方延長は空間に場所をとり、分割され、何かを意識することがない。そして二つは共に神からでてきたものだが、お互いに独立しており(二元論)、延長の世界については機械的唯物論を適用した。そして人間については延長の世界に属する肉体と思惟の世界の精神を持っている。そして精神と肉体との間には相互作用が行われている。その相互作用が行われるのが脳の松果腺の部分だと考えた。(p.297-307)

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2009年5月 3日 (日)

「ソフィーの世界」を読んで(2/5)…西洋哲学史についての私的概観

6.古代ギリシャの三大哲学者(紀元前5世紀~4世紀)

 哲学の関心を自然から社会に変えたのがソフィストと呼ばれる人々である。しかし、彼等は人間の認識能力の限界を論じ、結局相対主義に陥り、懐疑主義、不可知論に行き着いてしまった。ソクラテスはソフィスト達の相対論に対して、善悪の問題については普遍的な基準・原理があるはずだと考えた。そして人が悪を為すのは正しい知を持っていないからだ、善を知る者は善を為す。だからこそ人は正しい知を求めなければならない(主知主義)。そしてその知は、ソフィスト達が言うように社会にあるのではなく、人の理性の中にある、とソクラテスは主張した(p.96)。

 ソクラテスは対話する哲学者として有名だが、彼は対話を通して人がみずから誤りに気付き、正しい判断に到達することができると考えた。そして人の理性はそういう力を持っていると信頼した(合理論)。「汝自身を知れ」は、一人ひとりに自立的精神を求めるものであり、現代人への問いかけとしてもなお鋭い問いかけとなっている。

 ソクラテスが理性による思索そのものに重点を置いていたと思われるのに対し、弟子のプラトンは、思索が追い求めるところの真理とは何かを考えた。そして思索の対象に自然と社会の両方を組み込み、本当の世界とは何かを捉えようとした。

 プラトンは自然界にあって人間の五感で認識できるものはすべて時間とともに変化し「流れ去る」と考えた。しかし同時に、すべてのものは時間を超えた型にしたがってつくられ、その型は永遠で不変だ。プラトンはそれが真理だと考えた。影の世界である感覚世界(英訳版では物質世界)の後ろに本当の世界がある、その世界が真理の世界である「イデア界」だ(二元論(デュアリズム))。ここに永遠で不滅のひな型、自然界の現象の原型がある(p.113-6)。感覚によってでは、わたしたちは曖昧な「意見(ドクサ)」しか持てない。わたしたちが「たしかな知(エピステーメー)」を持てるのは、理性で捉えることができるものについてだけだ。プラトンは更に押し進めて、人間の肉体は「流れ去る」が、理性の住む魂は不死である、ところが人々は「流れ去る」影の世界に満足し、自分の魂が不死であることも忘れる、と語る(p.118-120)

 プラトンは認識論、概念論でとどまるべきところを、真理の存在を確固たるものにしようとするあまり、観念こそ真理という、逆転した観念論の世界に立ち入ってしまったと言えるのではないだろうか。

 プラトンの弟子、アリストテレスもプラトンの考え方は逆転していると考えた。アリストテレスはなによりもいきいきとした自然に関心を向けた。そして、プラトンが理性だけをもちいたのに対し、アリストテレスは感覚ももちいた。アリストテレスはプラトンの言うイデアは概念に過ぎず、例えば馬のイデアについて言えば、それは人間がかなりの数の馬を見たあとでつくりあげたもので、すべての経験に先立って馬のイデアや型があるわけではない、と師を批判した。そして「形相(エイドス)」(イデアのこと)とはなにかあるものに特有の性質なのだから、そのもの自体の中にあるのであって、形相自体が独立して存在することはないと論じた(p.140-3)。アリストテレスも理性こそは最も重要な人間のしるしだと考えた。その理性によってわたしたちは、すべての感覚の印象を様々なグループや階級に分類することができるのだ、と(p.144)。

 アリストテレスはものの存在論についても論じている。「現実は形相と質料が一体となってできた様々な個々のものから成り立っている。『質料』はものをつくっている素材、『形相』は、そのものをそのものとしている固有の性質のことだ。・・・質料にはかならず特定の形相をとる可能性がある。質料は内に秘めた可能性を現実のものにしたがっている、と言っていい。自然界のあらゆる変化は、アリストテレスによれば、質料が可能性から現実性に変化することだ、ということになる。(p.144-5)」。

 アリストテレスはこれを自然界の因果律として以下のように説明する。「雨が降るという例で考えると、①気温が下がったときに、水蒸気がそこにあったから(質料因)、②水蒸気が冷やされたから(作用因)、③地上にザアザアと降りそそぐことが水の形相だから(形相因)、④植物や動物が成長するのに雨水が必要だから(目的因)、という四つの要因により雨が降ることになる。」と(p.147)。

 プラトンの逆立ちした考え方を批判したアリストテレスだが、「目的因」では因果を逆立ちさせてしまっているように思える。又、「質料が内に秘めた可能性を現実のものにしたがっている」という見方も自然を擬人化するもので、観念的であると言えよう。さらに、アリストテレスは、自然界のすべての運動をスタートさせた神の存在を考えていた。しかし、これは時代の限界というべきであろう。今日、アリストテレスの言う「第一起動者」をビッグ・バンで説明するとしても、なお説明しきれない部分は多いのだから。

 しかし、アリストテレスの存在論、因果論の中には、人とモノとの関係における分析が十分に為されていないということはあるとしても、後にハイデガーが「用材性」と「客体性」としてモノの存在の在り方を論じたり、「用材性-道具関連-現存在のなんらかの可能性」と連絡関係を論じたりする事への繋がりを感じさせるものがある。(注5)

 ギリシャの三大哲学者から学んだものは、第一にソクラテスの理性への信頼である。「汝自身を知れ」という言葉が求める自立した思考の要請をしっかりと受け止めたい。プラトン、アリストテレスについては認識の方法、概念の分類など思考の方法を評価したい。しかし、未解明のものについては未解明ということにしておき、安易に神を引っ張り出さないことが大切であるということは、ここで確認しておきたい。

注5 ハイデガーの「用材性」と「客体性」
 前掲の「実存からの冒険」p.138から「(2)世界とは何か」の項
の中で的確な説明がされている。ところでハイデガーは、アリス
トテレスは「存在」の概念は認識していたが、「存在」というもの
についての、「カテゴリー的連関の暗がりを明るくしたわけでは
なかった。」と第一章、第一節で触れている。(「存在と時間」
前掲書p.29)

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2009年5月 2日 (土)

「ソフィーの世界」を読んで(1/5)…西洋哲学史についての私的概観

 今日(2009/05/02)から5回に分けて、「ソフィーの世界」に触発されて西洋哲学史を概観したものを掲載します。書いた時期は2001/12/22、2002年1月末の早期退職を間近に控え、これからの勉強の方向を考えている頃でした。

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《 「ソフィーの世界」を読んで
        …西洋哲学史についての私的概観 》

〈 目次 〉

1.「ソフィーの世界」再読
2.小説としての「ソフィーの世界」とその寓意
3.著者ゴルデルの哲学
4.哲学史を学ぶ意味
5.神話から自然哲学へ  ・・・以上1~5→ブログ1/5

6.古代ギリシャの三大哲学者
7.ヘレニズム(BC3世紀~AD4世紀)から
       中世(4世紀~14世紀)へ
8.ルネサンス  ・・・・・・・・・・・以上6~8→ブログ2/5

9.大陸合理論とイギリス経験論
10.フランス啓蒙主義と
        ドイツ観念論  ・・・以上9~10→ブログ3/5

11.実存主義と科学的社会主義
12.進化論と深層心理学からの
   アプローチ(自然主義)・・・以上11~12→ブログ4/5

13.私達の時代の哲学
14.今後の課題   ・・・・・・・・・以上13~14→ブログ5/5

出典
「ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙」
ヨースタイン・ゴルデル著、須田朗監修、池田香代子訳、
1995年日本放送出版協会出版

“Sophie’s World, A Novel about the History of Philosophy”
written by Jostein Gaarder, translated to English by P. Moller,
published in 1994 by Farrar,Straus and Giroux, New York
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1.「ソフィーの世界」再読

 「ソフィーの世界」は飽きずに読める哲学入門書である。1995年11月に英国勤務から帰国したばかりの私は当時話題になっていた本書を読み、一年遅れで帰国してくることになっていた家族に早速一冊送った記憶がある。

 今回はハードカバーの英語版を手に入れ、英語の勉強も兼ねて再読したが、その面白さは相変わらずであり、また、最初に読んだときには少し邪魔に感じられた小説的な部分も、面白く読むことができた。そして、この機会に本書の読後感を記すと同時に、本書を参考にしつつ自分なりに哲学史を要約してみようと思った。

 尚、日本語訳はドイツ語訳版を底本にしているため、英訳版と異なるところもあったが、改めて日本語訳版のすばらしさを確認した。以下、同著からの引用の際にはことわりのない限り日本語訳版のページを表示してある。また、引用に当たっては必ずしも訳書通りでなく、要約的に引用したところ、英訳版を基に訳を変更したところもあることをあらかじめ断っておきたい。

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