カテゴリー「新自由主義批判・もう一つの世界」の6件の記事

2009年6月11日 (木)

新自由主義への対案・・・神野直彦著「人間回復の経済学」を読んで

 今回ブログに掲載する記事は、当ブログが開設された今年2月19日より2週間ほど早い2月7日にメール通信にて発信したものです。この記事の続編として書いた2月24日付ブログ記事「経済を人間中心に考える」がかなりの人に読まれたのに、本体の記事が読まれていないのは残念でなりません。加えて、最近の各政党の経済政策を評価する上でも力を発揮する内容を持っていました。ブログの力に敬意を表しながら、前書き部分は省略し本文のみを掲載させていただきます。

和泉通信 森 史朗

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《 神野直彦著「人間回復の経済学」を読んで 》

〈 目次 〉

1.本書を紹介するにあたって

2.本書の概要

① 人間のための経済、人間のための経済学
② 著者の時代認識
③ 財政社会学の方法論
④ ケインズ的福祉国家とその崩壊
⑤ 知識社会とその特性
⑥ 新古典派経済学による構造改革の失敗
⑦ シュムペーター的ワークフェア国家への道
⑧ 人間のための未来をつくる

3.本書を読了して(今後への課題)

① 「知識資本」、「社会資本」を充実する政策への転換を
② 知識社会論
③ 資本主義をどう評価するか
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2009年5月11日 (月)

「派遣村から見た日本社会」・・・湯浅誠さんのお話を聴きました

 5月10日、光が丘9条の会発足1周年記念の催しがあり、「自立生活サポートセンター・もやい」事務局長の湯浅誠さんのお話を聴くことができました。今や時の人という観のある湯浅さんですが、マスメディアに浮き立つこともなく、地に足をつけて活動されている方だということを実感しました。お話の最後に、質問に答える形で「活動家(アクティヴィスト)の養成」に取り組んでいるとの説明がありました。今「もやい」が取り組んでいる運動の重要さを確認すると共にその運動をしっかりと拡げていくための専門家の養成に取り組んでいるのです。改めて湯浅さんのプロフェッショナルなアクティヴィストとしての自覚を感じました。

 お話は30代半ばの北海道出身のある男性(Aさん)の話から始まりました。Aさんは北海道の酪農家に生まれ高校を中退、15/6才で家業を手伝い始めました。ところが乳価の下落で廃業することになり、両親は娘を頼り、Aさんは派遣会社に仕事を求めました。3年間に長野、三重、愛知の3県で働き、昨年11月に解雇となり、10日後に寮を退去させられました。その後求職活動を行うも職に就けず、闇サイトの「携帯電話1台を1万円で買う」という話に乗り1台を売却。その携帯が詐欺に使われ3年の執行猶予。刑が重いので聴くと中学で自転車を盗んだ前科があったためとのこと。地方出身のノンビリした人柄で犯罪を犯す人のようには見えませんが、3X才で前科二犯、職歴派遣3年で、特別な職務ノウハウなしの青年が生み出されました。自分を守るためには、残業の記録を取ることが必要なことも知らず、離職票を手に入れることもできず、生活保護など受けられないものと思いこんでいました。

 勿論Aさんの生活を立て直すために支援をするとしても、これは、ある面では運の悪い個人の話とも言えます。しかし、Aさんはこのまま行くと、青壮年時代は仕事に就けません。老年を迎えても年金がないかも知れません。そうなると生活保護を受けることになるでしょう。ここまで考えてくると、話は「社会としてAさんをどうするのか」という問題になって来ます。

 今日の雇用問題は、かつての日本を支えていた「健全な中間層」を破壊しています。今、結婚と収入は比例関係にあります。収入の少ない人は結婚できず、子どもも持てません。社会は世代間の支えあいで成り立っているといいますが、今は他世代の支え手が弱ってきてしまっています。貧困問題は個人の問題ではなく社会の問題なのです。もう、将来にツケを先送りにはできません。「新自由主義」は「効率一辺倒だ」と批判されていますが、実は「非効率」なのです。「富裕層が生まれたことは良かった、ただ貧困層対策がまずかった」と、「政策としては正しかった」かのようにいいますが、実は「政策的にも失敗だった」のです。農家の時給は270円です。地方の商店街は、シャッター街になっています。輸出一辺倒の産業政策は、OECDでの経済成長予測で日本には最低の数字を見込んでいます。これでも「政策の正当性」を主張するのでしょうか。

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2009年4月23日 (木)

「有給休暇完全取得」等の法制化を・・・国際有給休暇比較2009

 世界最大のオンライン旅行会社エクスペディア社(本社,米国シアトル)が「国際有給休暇比較2009」という報告を発表しました。日本を含む11ヶ国を対象に今年の3月にインターネットを通じて調査したものです。それによると、日本は有給休暇の取得日数では8日で、調査国中、最下位でした。取得日数の少なさで日本に次ぐのは米国で10日、最も取得日数が多かったのはフランスで36日。フランスは付与日数38日に対する取得率でも95%で1位、日本は53%で最下位でした。

 取得日数(以下、左が取得日数、右が付与日数)の上位は欧州大陸国(①フランス36/38日、②スペイン27/30日、③イタリア25/31日、④ドイツ25/27日、⑥オーストリア23/27日)が占め、中下位グループをアングロ・サクソン諸国(⑤英国24/26日、⑦ニュージーランド18/21日、⑧カナダ17/19日、⑨オーストラリア16/19日、⑩米国10/13日)が占めました。伝統的に労働者の権利が低かったところに更に新自由主義的構造改革を許した日本が最下位となり、その上に新自由主義の根拠地米国が並び、米国の影響力の強いアングロ・サクソン諸国がそれに続き、上位は「ルールある資本主義」とも言える社会を目指すEU大陸国が占めるという、分かりやすい順番になりました。

 有給を全て取得した人は日本以外の国は55~79%いるのに対し、日本はたったの8%です。日本人の76.5%が 有給休暇枠或いは取得日を増やして欲しいと望んでいます。(尚、日本での調査対象は、20~59歳の男女有職者516人で、有給休暇には休祝日・社休日は含みません。)

 「有給休暇を全て取得できない理由(複数回答)」では、「仕事が忙しい」40%、「病気や急用の時のために残しておきたい」30%、「上司や同僚があまり休暇を取っていない」23%、「上司や同僚に迷惑がかかる」21%と、人手不足による忙しさ、社内での取得抑制圧力が上位を占めています。

 調査では、最後に「昨年と比べて有給休暇が取りやすくなったか」を質問しています。72%の人が「取りやすくなったと感じない」と答えました。その理由としてあげられたのが下記の三つです。「仕事が忙しくなった」41%、「解雇の不安がある」35%、「無給の休みを強いられた」15%。「取りやすくなったと感じた」ひとも29%いました。その理由は、「仕事が暇になった」41%、「会社が奨励するようになった」35%、「上司や同僚が休むようになった」15%等でした。何れも不況を反映していますが、多くの企業では事態は働く者に取って不利に展開してきているようです。

 エクスペディア社の当該レポートは多くのグラフを利用した分かり易いものになっていますので、リンクを利用してご一覧下さい。

 さて、上記調査の中からは、「余った有給休暇の買い取り制度」を求める声も多くの人から出されていました。しかし、大不況に見舞われ雇用の確保が求められている時になされるべきことは、有給休暇の付与日数の増加と実際の取得日数の増加により、新たに人を雇用して行くことでしょう。

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2009年3月17日 (火)

エルサルバドルに左派政権誕生

 この15日、エルサルバドルで大統領選挙が行われ、ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)のフネス候補が51.3%を獲得し、親米右派の現政権党、民族主義共和同盟(ARENA)のアビラ候補(48.7%)を破りました(開票率91%の段階)。これで、新自由主義と対米従属に反対する政権は中南米33ヶ国の内16ヶ国となりました。

 南米では親米政権として残っているのはペルー、コロンビア、スリナムのみであり、エクアドル、ベネズエラ、ガイアナ、ブラジル、ボリビア、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン、チリが既に、左派或いは中道左派政権です。中米ではパナマ、ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ、それに今回のエルサルバドル、カリブ海諸国ではキューバとハイチに左派政権が出来ています。「アメリカの裏庭」といわれた時代から大変貌を遂げています。

 エルサルバドルは、1980年から1992年まで内戦状態にありました。米国の支援を受けた「死の部隊」が虐殺と弾圧を欲しいままにしていたと言います。そして和平後の94年以降の大統領選挙でも、「死の部隊」を継承したARENAに勝利を許してきました。

 坂本龍一が監修した「非戦」という本の中にエルサルバドルに触れたところがあります。米国の政治学者ジョン・ゲラシが『泣くのは誰のため?』(「非戦」22頁)で、9.11の災厄に涙を流す多くの人々が、米国以外の国でのテロにいかに無関心であったかを、多くの具体例を挙げて示しつつ、しかもそれらのテロに米国が関与してきたことを説明しています。それはあたかも叙事詩のようでした。

〈 私は泣かずにいられない。

 世界貿易センターの災厄で愛する人が見舞われた悲劇的な運命について、胸を引き裂かれるような話をある人がテレビで語っているのを見た私は、涙をおさえることができなかった。しかし、その時私はいぶかしく思った。ノリエガ将軍を探し出すという口実でわが米軍がパナマのエル・チョリージョ界隈で約五千人の貧しい人々を殺したとき、私はなぜ泣かなかったのであろうかと。米国の指導者たちは、将軍がどこか別のところに潜んでいることを承知していたにもかかわらず、エル・チョリージョの住民が米国のパナマからの完全撤退を望む愛国主義者であるがゆえに、彼らを殺したのである。〉

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2009年3月 8日 (日)

米国の深刻な失業率…産業構造の変化が必要との見方も

 米国労働省が6日発表した2月の雇用統計(季節調整済み)によると、失業率は前月より0.5ポイント高い8.1%となり、1983年12月(8.3%)以来、約25年ぶりの水準に悪化しました。非農業部門の雇用者数は前月から65万1000人減少。同時に昨年12月の数字が68万1000人減に、1月の雇用減も65万5000人に修正されました。その結果、2008年12月が49年10月以来、約59年ぶりの大幅な雇用者数の落ち込みだったことが明らかになりました。

 ニューヨークタイムスは、今回の雇用統計を受けて、その現状と克服の展望を述べています。

 「今回の雇用縮小は、少しではあったけれども残されていた今年前半期の景気回復への期待に水をかけ、2009年中の景気回復は難しくなったという感じを拡げるものとなっています。オバマ政権の7870億ドルの緊急景気対策が浸透するのは、年末になる」というのです。ロバート・バーバラ氏(調査会社ITG主任エコノミスト)は、『私達は今、ほとんど戦後最高と言っていいスピードで落下しており、この暴力的な落下軌道には全く変化が見られない』と言います。」

 「2007年12月に不況期に入って以来、約440万人の雇用が失われました。その内の260万人分は最近四か月で失われています。」

 「今回の失業の加速を、一部のエコノミストは、『不況から回復すれば職場に戻れた従来の景気悪化と違い、今回の経済縮小は米国経済の基礎からの構造変革を反映している』と見ています。『重要な産業部門、特に製造業、金融業、小売業では多くの企業が従来の業務を全面的に放棄する道を選んでいる』というのです。」

 「John E. Silvia氏(ワコビア銀行の主任エコノミスト)は、『こうして失われていった雇用はもう戻ってこない』といいます。『多くの生産部門が全く再開されないか、再開されるとしても米国以外の地域で行われることになるでしょう。』というのです」

 「『米国の政治家達にとってこのような事態は、従来の不況対策では対応できないものです。ここ何十年、不況になると政府は一時的に失業保険金を支払い、経済成長が回復し必要な雇用が再開されるのを信頼してきました。しかし今回は、新しい産業部門でのキャリアを再教育することに政府は注力して行かなければなりません。』」

 「『例えば自動車産業を見てみると、二、三年前の17百万台の年間売上げが今や9百万台に減っています。売上げがたとえ10~12百万台に回復したとしても、まだ多くの不要な工場が残ってしまいます。』『すなわち、自動車産業には復職できない人がたくさん出てきます。鉄鋼、ゴム、原材料供給産業も同様です。私たちの社会への実に深刻な挑戦です。』」

 「2月、製造業では168千人の雇用が失われ、この部門の昨年の年間雇用減は120万人になりました。自動車メーカーに工具を納入していた会社を1月にレイ・オフされた46歳の労働者は同地での再就職の展望が見出せず、ルイジアナかミシシッピに移り造船会社に職を求めようとしています。」

 「金融サービス部門では、2月に44千人。住宅バブル中は、何万人もの給与の良い従業員が仕事をしていましたが、もはや将来においてもそのような姿を取り戻すことはあり得ません。」

 「住宅価格の上昇と大きなクレジット枠が供給してきたゆとりある資金が消え去りました。何百万もの家庭が給料の範囲内で暮らすようになり、ショッピング・モール行きを制限してきています。2月の小売業部門の雇用減は39.5千人。昨年一年間では50万人以上の減少となっています。」

 「『米国は職業訓練プログラムをここ何十年もの間全く行ってこなかった』とAndrew Stettner氏(ニューヨーク雇用プロジェクト副責任者)は言います。『1979年当時職業訓練用の年間予算は現在の貨幣価値にして200億ドル相当だった。ところが昨年の予算はたったの60億ドルだった。』」

 「緊急景気対策は職業訓練予算として45億ドルの追加資金を含んでいます。しかし、受給者が受け取れるのはコミュニティーカレッジでの1~2半期分に過ぎません。実際に、成長部門であるバイオ・テクノロジーやヘルス・ケア部門で働くためには2年間の学位コースでの研修が必要です。」

 「1987年の株式暴落、1998年のLTCMヘッジファンド危機の時の例をあげて、市場の機能不全も6か月までとする意見もありますが、歴史は、『恐怖が亡くなったとしても経済はすぐには正常時に戻らず、危機が始まった時点に戻るだけである』ということも示しています。ということは、たとえ金融システムが秩序を回復したとしても景気は尚、不況の中にあることを意味します。」

 「そして多くのエコノミストが言うように、金融機関の首を絞めている不良債権を切り離す現実性のある計画をオバマ政権が立案・実行しない限り、秩序は回復できないでしょう。」

 欧州では北欧諸国が先行しながらも、EUレベルで新しい、雇用を中心においた社会づくりに取り組んでいます。欧州の対極にある米国には、雇用を主体にした考え方にまでは行っていませんが「安定した雇用を作り出せる産業振興」、「新しい産業を支えることのできる労働者養成」という視点からの、雇用問題への戦略的アプローチが見えます。

 日本でも非正規雇用のもたらす不安定雇用の問題、失業率の上昇を契機に雇用問題への関心は高まっています。今後、各党の雇用政策を比較検討して行きたいと思います。

森 史朗 2009/03/08

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2009年2月24日 (火)

経済を人間中心に考える

 昨年末、12月25日に発信した和泉通信(来年を「変革」の年に)に対して、「新自由主義という名の経済の破綻はご指摘の通りだろうと思います。しかし、それをどのように『変化』させればよいのかは、おそらく誰も処方箋を持っていないのではないかと考えています。そのような意味で来春からの『和泉通信』に期待するところ大です。」とコメントをしてくださった高校の先輩(林尚孝茨城大学農学部名誉教授)から、文章を頂きました。今から26年前に、岩波書店編集部編『これからどうなる世界・日本・21世紀』(1983年1月)に、掲載されたものでした。「『農業および農村の復権』と題していますが、世界の現状についての見通しとしては間違っていなかったと思います。」と申し添えられていました。

 趣旨は、次のふたつの理由から、二十一世紀は、農業および農村が復権する時代とならざるを得ないというものでした。

 第一には、現在の工業社会を支えている生産構造が崩壊せざるを得ないからです。工業生産は、地下資源を取り出し、利用し、捨てるという物質の流れの上に成立しています。この過程に地下資源の枯渇と自然環境の破壊というふたつの深刻な間題が生じてきています。

 第二には、現代社会の主流となっている価値観の修正が起きます。「集積、効率、生産性」を旗印に、利潤追求という競争原理が社会を支配しています。人間の生活のために必要な生産が、いつの間にか商品生産のための生活という倒錯した関係になっています。このような価値観の変換なしには、世界を覆っている混迷は打破できません。自然と切り離された極端な分業化と専門化が人間の意識を変質させています。農業は、「分散、最適、再生産」を目標とせざるをえず、そのレフェリーは自然です。現在の価値観が工業生産の論理の反映であるとすれば、次に来たるべき価値観は自然あるいは生物の論理の上に立たざるをえません。(部分的な引用で、趣旨を変えない範囲で変更させていただきました。林氏はこの転換ができない場合には、第三次世界大戦に至る道を歩むことになるという危機感を表明されています。)

 高校の同期生から受け取ったコメントも紹介させていただきます。

 「新自由主義への対案として、『人間回復の経済学』の紹介、有難うございます。随分前の本ですが、そのとき言っていたことが、今でも参考になりそうですね。確かに、具体策の提示は不十分ですが、人間中心に考えるということは一つの視点だと思います。
 オバマのアメリカは、環境を切り口にしようとしているようです。日本には、置き去りにされていたり、今将来を見据えてしなくてはならないことが沢山あります。しかし、時代が変わったのに、いまだに過去の延長から脱皮できない行政、道路や公共事業や選挙目当てのバラマキに注力している政治というのが実態であり、彼我の差を感じます。」

 米国の大学院で国際政治を教えている友人からは、最近取り組んでいる課題について、下記のようなメールを寄せてくれました。 

 「『人間は国家の為にあるのではなく、国家は人間の為にある』、『安全保障の名の下で国民の生命を自ら危うくする国家は国家たる資格無し』という基本的理念から、人間の安全保障についていろいろ考えています。」

 どなたのコメントからも、経済での、あるいは政治での「人間の全体性の回復、復権」が今日の課題になっていることが述べられていました。

 神野直彦さんの『人間回復の経済学』は7年前の本ですから、昨今の大量出版の時代には確かに古いものに見えます。その本が言っていることが今日魅力的に見えるということは、時が進み、本で予測していた問題が顕在化してきたからなのでしょう。日本が小泉マジックから目が覚めるのにそれだけの年を要したのだともいえます。

 「人間中心に考えるということは一つの視点だ」という点は、その通りだと思います。商品が人の働きによってどれほど物事に役立つものになったのか(使用価値)によって評価されるのではなく、どれだけのものあるいはお金と交換できるのか(交換価値)によって評価される社会。資本主義社会の本質は人間の労働力が商品として売買されるようになったことにあります。丸ごとの豊富な側面を持つ人間が、労働力の売り手としての労働者としてしか存在し得ません。人間もその個別具体的な価値を見失われ、給料以上に働いてくれる労働力という交換価値からしか評価されません。「人間中心に考える」ということは、資本主義の根源に対する対案となるのではないでしょうか。

 そして、お金という交換価値を増やそうとする資本を原動力とするのが資本主義経済です。その資本が「生産-消費-再生産」という経済循環を維持できなくなった現在、人間が本来持っている生活への意欲を原動力として、「労働(生産)-流通-消費-労働(再生産)」という経済の循環を作って行くことが求められているように思われます。

 (→「神野直彦著『人間回復の経済学』を読んで」

森 史朗 2009/02/24

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