カテゴリー「平和・安全保障」の16件の記事

2016年1月 1日 (金)

新年を迎えるにあたって

《年賀》
 皆様におかれましてはお健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます。旧年中は大変お世話になりありがとうございました。新しい年のご多幸と皆様のご健勝をお祈り申し上げますと共に、本年も宜しくお願い申し上げます。
《平和・安全保障》
 さて昨年は日本の平和と安全保障の仕組みが大きく変わった年でした。安保法(一般に「戦争法」)が、9月19日安倍自公政権によって強行採決されたのです。しかし国会採決直後の9月21日に発表された四大紙+共同通信の世論調査では、八割以上の回答者が「安保法について政府与党は十分説明していない・不十分だ」と回答しており、同法の成立に対する賛否も、55%以上の世論調査回答者が「反対・評価しない」としています。小選挙区制の歪みを利用した中で強行された民主主義への暴挙です。民主主義のルールを破った政党・議員には報いを与えなければなりません。今年の参院選で与党を敗北させ、戦争法を廃止するのです。共産党からは「戦争法廃止」一点を一致点とする国民連合政府のための選挙協力が提案されています。
 戦争法は日米安保や「有志連合」の要請の下、世界のどこへでも自衛隊を派遣可能としようとするものです。では果たしてこれまでの平和外交主義が無力だったのでしょうか、戦力による戦争抑止力が必要だったのでしょうか。シリア、イラク、リビア等で泥沼化の進みつつある中東紛争は大国や近隣国の介入が平和な地域の回復に逆効果であることを示しているように思えます。
《パーキンソン病》
 昨年はブログの更新がまったくできませんでした。言い訳けめきますが、長時間本を読んだり、集中して文章に纏めたりということができませんでした。いつまでに立て直しができるかわかりませんが、情勢に見合うものになりたいと思っております。

 2016年1月1日  森 史朗(和泉通信ブログ)

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2014年4月16日 (水)

「憲法9条にノーベル平和賞を」という市民運動をご存知ですか

1.「憲法9条にノーベル平和賞を」という市民運動をご存知ですか。
① その名の通り、特にその第9条によって国際平和に貢献している日本国憲法にノーベル平和賞を授与することによってその国際的価値を明らかにし、9条改悪の動きに歯止めをかける一助にして行こうとする運動です。東京新聞がこの運動について丁寧な記事を書いているのでそれにそって紹介します。(「9jouni_nouberuheiwasyouwo_toukyousinnbunn14_1_3.pdf」をダウンロード
② このアイデアを思いついたのは神奈川県座間市の主婦でクリスチャンの鷹巣直美さんです。2012年10月、欧州連合(EU)への平和賞授与の報道に接して思いつきました。EUの受賞理由は「地域の統合により、国家の和解と平和を進めた」というものでした。それならば、「戦後70年近くも日本に戦争をさせなかった9条にも資格がある」とひらめきました。
③ しかし、集めた署名を、ノーベル平和賞の受賞者を決定するノルウェー・ノーベル委員会に送り始めたところ、委員会から「ノーベル賞は個人か団体に授与するもので憲法のように抽象的なものは候補になれない」との返信が送られてきました。実は「9条にノーベル平和賞を」という運動は1991年に、「第9条の会」を米国で立ち上げたチャールズ・オーバービー、オハイオ大名誉教授が過去に推薦しようとしましたが鷹巣さんと同じ理由で委員会から断られていました。そこで鷹巣さんが考えついたのが、「9条を保持している日本国民」を受賞者にして行くという枠組みでした。そのため署名簿の申し入れ文は以下のようになっています。
《ノルウェー・ノーベル委員会 御中》
 「日本国憲法は前文からはじまり 特に第9条により 徹底した戦争の放棄を定めた国際平和主義の憲法です。特に第9条は、戦後、日本国が戦争をできないように日本国政府に歯止めをかける大切な働きをしています。そして、この日本国憲法第9条の存在は、日本のみならず、世界平和実現の希望です。しかし、今、この日本国憲法が改憲の危機にさらされています。
 世界各国に平和憲法を広めるために、どうか、この尊い平和主義の日本国憲法、特に第9条、を今まで保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください。」
④ 鷹巣さんが地元の9条の会等、市民団対などに相談したところ、実行委員会が昨年8月に発足しました。また、署名も、2万5千近く集まりました。
⑤ しかし、この東京新聞でさえ記事の中で「荒唐無稽のようだが」と書かざるを得なかった運動でしたが、大学教授等の積極的協力を受けて、一定の資格を与件とする推薦人集めが進み始めました。
⑥ そんな中、2014年4月始め、ノルウェー・ノーベル委員会から、「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会の提案を受けとりました」「今年は278の候補者が登録されました」「今年度の最終受賞者の名前は10月10日に発表される」とされていました。(しんぶん赤旗2014.4.13

2.実行委員会からの依頼事項
① 署名をする:
方法A:ネット署名: http://chn.ge/1bNX7Hb 
方法B: 署名用紙: 署名用紙表 (操作中にEVERNOTEへの加入申し込みフォームが出てくることがありますが、加入を希望しない場合は、右下のSKIPをクリックして下さい。)署名用紙裏
②まわりに広める:
A:署名をまわりの人に呼びかける。
B:メディアに働きかける。(新聞の読者投書欄への投稿など)
C:電子署名は国境を越えます。世界中の人々の力を借りることができます。

以上、皆様のお力添えをお願い致します。なお、今回は、「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会実行委員の落合正行さんからお話を伺いました。ありがとうございました。

森史朗 2014/04/16

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2012年5月15日 (火)

ザ・スクープ・スペシャルで「沖縄での枯葉剤使用疑惑」を大特集(テレビ朝日)5月20日(日)

 欧州の緊縮財政問題について論考を準備中で、ブログの更新ができていません。ご容赦願います。

 さて、今回は、沖縄での枯葉剤使用疑惑についてのテレビ報道が予定されていますのでご案内するものです。ベトナムでの枯葉剤問題以来、一貫して枯葉剤問題、ダイオキシン問題を取材報道してきた中村梧郎さんからご案内をいただきました。日米同盟のもとでの沖縄の役割、その中で沖縄に押し付けられた被害、しかもそれらが秘密裏に行われていたのです。

◎放送日時:5月20日(日曜日)、午後2時から3時半までの90分間、
◎放送局:テレビ朝日系
◎番組:ザ・スクープ・スペシャル「沖縄での枯葉剤使用疑惑」

◎中村梧郎さんからのメッセージ:
 「私もスタジオに出て鳥越俊太郎氏と共に解説をいたしますが、帰還米兵の証言に基づいて取材した『日本の汚染』という新事実のスクープ報道です。
ベトナムも韓国も同様の事態が明るみに出て、毅然としてアメリカの浄化責任を問うていますが、日本国は調査さえしないまま、『なかったことにしたい』という態度であることが気がかりです。」

 こういうドキュメンタリーをやる局も減ってしまいました。番組予定について少しでも情報を広めて頂ければ幸いです。

中村梧郎さんの関連記事

中村梧郎氏が枯葉剤米国キャンペーンで成し遂げてきたこと

中村梧郎著「母は枯葉剤を浴びた」「戦場の枯葉剤」を読んで

石川文洋氏、中村梧郎氏インタビュー…報道カメラマンが語る戦争と平和

以上、

森 史朗 May 15,2012

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2010年9月27日 (月)

市原悦子さんの戦争童話朗読に涙しました…光が丘9条の会2009/09/26

 このブログでもご案内した光が丘9条の会の催し「心に刻む平和の語り」(会場:練馬文化センター)に参加してきました。そこで市原悦子さんの戦争童話朗読を聴き、涙を抑えられませんでした。社会問題を客観的に議論することも有益ですが、今回は文学の力、演技の力を改めて確認しました。
市原悦子さんは「まんが日本昔話」のナレ-ションや、テレビ放送でも定評のある女優さんですが、昨日の朗読でも聴衆を物語の中に引き込み共感をもたらしていました。

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2010年1月17日 (日)

石川文洋氏、中村梧郎氏インタビュー…報道カメラマンが語る戦争と平和

  私が報道カメラマンとして有名な石川文洋さんと中村梧郎さんとの知遇を得たのは2004年6月1日、長野県の諏訪清陵高校同窓会の東京支部である「東京清陵会」会報に母校にご縁のあるお二人の対談を企画し、司会をするという機会を得たからです。3時間にわたる対談を限られた原稿枠の中に纏めるのはやむを得ないこととは言え、大切な発言が並ぶ中、つらい作業でした。

  対談後5年半が経過した今、お二人は対談でお話になった課題に着実に取り組まれ、ジャーナリストとして活躍されています。そして、当時、対談で語られたことは、今日一層意味深いものとなっています。そこで、お二人のご了解と東京清陵会のご理解をいただいて「東京清陵会だより第15号」に掲載されたお二人の対談を転載させていただくことになりました。関係者の皆様に改めて謝意を表し、さっそく以下に掲載させていただきます。尚、掲載文章は無断転載不可とさせていただきます。

  また、同窓会報という性格もあり、冒頭の部分にローカルな話題が出てまいります。諏訪という地での戦後の一風景を見ていただければと思います。

森 史朗 2010/01/17 和泉通信
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「報道カメラマンが見てきたもの、
     そして今見つめているもの」
 ・・・石川文洋氏(沖縄出身、現在諏訪在住)、
    中村梧郎氏(諏訪清陵高校六二回生)に聞く・・・

《 目次 》
・お二人と清陵のご縁
・戦争の記憶の風化
・戦争の現実
・戦場からしか平和は見えないか
・子供たち
・ベトナム戦争から見えるもの
・日本という国
・自身の生としてのカメラマン人生・・・柳沢武司氏(61回)との出会いとその死
・今をどう生きていくか
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2010年1月 7日 (木)

日米同盟に替わるもの・・・民主党は新しいビジョンを出せるか

 現在米国(カリフォルニア州)モントレー国際大学院大学教授として国際政策学を担当している赤羽恒雄(あかは・つねお)氏から当ブログにコメントをいただきました。日米同盟を再検討して行く上で重要な内容が含まれていると思われましたので、ブログ記事に転載させて頂き、検討してみたいと思います。コメントをいただいたブログは「新しい年を迎えて・・・変革の流れを維持して行くために」です。

(以下、赤羽氏のコメントの全文引用。題名は森が付した。)
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《 日米同盟に替わるもの・・・東アジア安全保障共同体》

 世界第二位の経済大国に世界第一位の国の軍隊がいるのは不自然です。これを是正する為には、日本の安全が日米同盟以外の方法で保証されなければなりません。一つの選択肢は日本の軍事大国化であると考える時代錯誤の日本人もいますが、これは逆に日本を取り巻く国際環境を不安定にする選択肢で、絶対に避けなければなりません。もう一つの選択肢は、日本の安全への脅威をなくすことです。EU のような安全保障共同体(security community) を東アジアで創り上げる事が必要です。これには朝鮮半島の正常化と日中関係の自然化が求められます。このための条件作りを民主党政権に期待するところですが、その道は厳しく、まだまだ先のことでしょう。これを象徴しているのが沖縄基地問題です。

 沖縄基地問題は日米同盟の根幹の問題です。日米同盟を維持しながら沖縄の米軍基地を海外に移動させるためには、この同盟を敵対国前提の同盟から世界規模の安全保障のための同盟関係に変える必要があります。現在東アジア地域を戦略的視点から見ますと、日米同盟の想定している敵国/脅威国は北朝鮮と中国です。北朝鮮の核問題と、南北の緊張関係が解消されない限り、北朝鮮脅威への対処という日米同盟の戦略的目的はなくなりません。また、中国が脅威でなくなるためには、日中が対等で相互信頼に基づく関係を築くことが必要です。それには、いわゆる歴史問題の解決も必要ですが、日本人が中国人と自然体で日常つきあえるようになることです。残念ながら、いずれの条件も満たされていません。

 以上の困難をいかに乗り越えて行くかという戦略的ビジョンと政策的選択肢を提示し、国民と官僚をリードしていくための政治力を持つ指導者は今の民主党の中には見当たりません。そのような指導者の登場には、あと10年から15年はかかるでしょうか。それまで民主党政権がもつかどうか。。。

赤羽 恒雄 2010/01/01
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 さて、以下は赤羽氏のコメントを検討しようとするものです。

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2009年12月24日 (木)

「命こそ宝」・・・石川文洋さんのお話をお聴きして(光が丘9条の会にて)

〈 1966年、南ベトナム、ハウギア省 〉

次々と村はずれに着陸したヘリコプターからアメリカ兵が降りてきた。突然ひとりの農夫が撃たれた。防空壕の中に手榴弾が投げ込まれた。スクリーンの写真は、その後、壕から農夫の死体を引きずり出しているところを撮ったものだった。その横にある農家の前に子どもと農婦達がひとかたまりになってふるえていた。そのかたまりの後ろ、写真全体を映したのでは見落としてしまいそうなところに当時10歳の女の子が写っている。アップにするとほおの丸い可愛い子だ。そのこの目が、そこで起きていることをじっと見つめている。10歳の子には耐えきれない場面だ。スクリーンに次々と映される写真には、理不尽な死がついて回った。

〈 石川文洋さん 〉

 一昨日(2009/12/22)、戦場カメラマンとして著名なジャーナリスト、石川文洋さんのお話を聴くことができた。テーマは、「この目で見てきた戦争と憲法9条」、東京練馬区の光が丘9条の会が主催したものだ。同会では前回、湯浅誠さんをお招きして「派遣村から見た日本社会」というテーマで講演会を開いている。(その時のブログ

 石川文洋さんは、1938年沖縄首里に生まれ、5年後千葉に移り、その後毎日映画社に勤務。1964年、米国へのあこがれから、その第一歩として香港に渡り、スタジオ勤務、その仕事の中でベトナム取材を経験。1965年1月~1968年12月独立してベトナムに滞在。南北ベトナムの双方から取材をした唯一のカメラマンとして有名。帰国後、朝日新聞社に勤務した後、1984年からは、フリーのカメラマンとして世界の戦場をまわり、平和運動にも積極的に関わっている。現在は長野県の諏訪市に居を構えている。多くの人から文洋さん、と親しみを持って呼ばれている。

〈 ベトナムでの再会、再々会 〉

 話しを文洋さんの写真を見ながらの講演に戻そう。文洋さんは1991年、その村を探しあて、再訪する機会を得た。当時10歳だった女の子の名はファン・チ・ソーさんであった。ソーさんは一児の母となっていた。2008年、文洋さんは三度目の訪問をした。長女は高校を卒業し縫製工房に勤め、次女は高校生、ソーさんは市場で働き、夫君は農民だった。そこには幸せな家庭があった。生きていればこその幸せだ。文洋さん自身、戦争報道ジャーナリスト仲間から「よく生き残れたな」といわれるほど積極的な取材活動を生き抜いてきた(赤旗のハノイ特派員だった木谷八士さんが挨拶の中で紹介)。加えて、2006年には心筋梗塞で一時心臓が停止し、電気ショックで蘇生できたゆえ実現できた三回目の対面であった。この話は文洋さんの最新の著書「私が見た戦争」(新日本出版社、2009年8月、2,800円)にも紹介されているが、そこで文洋さんは「命の大切さをソーさんと会ってしみじみと感じた」と述べている。

〈 生きることへの感動と想像力 〉

 文洋さんは「生きていることへの感動が大切だ」という。この感動が大きい故に、非条理な死によって、その可能性を断ち切ってしまう戦争への怒りは大きい。そして、戦場での死や一生の傷を持つということがどういうことなのか、兵士の死であれ、民間人の死であれ、生きていれば享受できたはずの幸せと感動を奪われるということがどういうことなのか。現代の人間にはこうしたことへの想像力が必要だという。

 想像力の大切さについては、池澤夏樹さんの「イラクの小さな橋を渡って」(光文社、2003年1月、952円)にも分かりやすく表現されていた。米国による攻撃を前にしながらも淡々と続くイラクの人々の生活を描写していた著者が、「小さな橋を渡った時、戦争というものの具体的イメージがいきなり迫ってきた。」という書き出しで、米軍による攻撃が始まった時にどういうことが起るのかを語り始める。池澤さんはその著を以下の言葉で締めくくる。「戦争というのは結局、この子どもたちの歌声を空襲警報のサイレンが押し殺すことだ。恥ずかしそうな笑みを恐怖の表情に変えることだ。それを正当化する理屈をぼくは知らない。」

 文洋さんもこう話した。「子どもたちの未来への権利が、大人の戦争によって奪われて行く。日本の子どもたちを守るだけでなく、アジアの子どもたちを守ることが必要だ。国益のための戦争などといって正当化できるものではない。だから私は、戦後、9条を歓迎した。」

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2009年10月11日 (日)

ノーベル平和賞の応援・・・オバマ大統領は期待に応えよ

〈 目次 〉
  ①「早過ぎる」平和賞?
  ②受賞理由に見る選考委員会の意図
  ③核政策に疑問

①「早過ぎる」平和賞?

 先週の金曜日(2009/10/09)にオバマ米国大統領にノーベル平和賞が授与されることが発表になった。本人もホワイトハウスも予期しておらず、受賞予想者としても全く名前が出ていなかったため、驚きを以て迎えられた。何よりも、まだ成果が必ずしも上がっていない中での受賞に本人も戸惑っているというのが本当のところだろう。

 ニューヨークタイムズのニュース解説(Analysis、2009/10/10)でアダム・ナグニー氏が最初に引用した大統領の言葉は、「はっきりさせておいて下さい。私は今回のことを私自身の業績に対して授与されたものとは見ていません。というよりむしろすべての国の人々の情熱のために発揮されたアメリカ国民のリーダーシップが肯定的に評価されたものだと認識しています。」という謙虚なものであった。そして記者は、「世界でどういう意味を持つことになれ、米国の中ではオバマ氏への授与は毀誉褒貶相半ばするものになることは明らかである。今回のことは彼の野心的な約束の言葉と彼が成したこととの間のギャップを思い出させるものになるはずだからである。」という辛口な評価を続けている。「それは、世界の多くの人々が彼を反ブッシュだと祝っている一方で、実際には、前政権の安保政策を嘗て示唆したほどには変更し切れていないことに気付かせる。」のである。

 「授賞式に出席している間も、目標の達成から遠く離れていることを忘れることはできない。世界から核兵器を廃絶すること、地球温暖化を止めること、中東に和平をもたらすこと、これらは選考委員会が特に期待していることである。彼はその日をアフガニスタンへの増派問題の協議に費やした。」と記者は書いている。

②受賞理由に見る選考委員会の意図

 選考委員会は選考理由をどう説明しているにだろう。(訳文は読売新聞版)
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 本委員会は国際的な外交と諸国民の協力強化に向けたオバマ大統領の比類なき努力を理由に授賞を決めた。とりわけ「核兵器のない世界」の構想とそれに向けた取り組みを重視した。

 オバマ氏は国際政治に新たな環境をもたらし、国連をはじめ国際機関の役割を重んじる多国間外交が中心的な位置を回復した。困難な国際紛争の解決手段として対話と交渉が優先される。「核兵器のない世界」を目指す構想は、軍縮交渉を力強く促した。オバマ氏の主導で、米国は今や、世界が直面する気候変動問題でより建設的な役割を演じている。民主主義と人権は強化されよう。

 オバマ氏ほど、世界の注意をひきつけ、よりよい未来に向けて人々に希望を与えた人はめったにない。彼の外交は、世界を主導する者は世界の大多数の人々が共有する価値と態度に基づいて行動しなければならないという考えに立脚している。

 本委員会は108年間、オバマ氏が今まさに提唱する国際的な方針を促すことを目指してきた。「今は、地球規模の課題に対処するため、我々全員が応分の責任を果たすときだ」とのオバマ氏の訴えを支持する。
(ノーベル賞委員会、2009年10月9日)
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 何回も読む内に、短い文章だが、要点を押さえた名文だと思うようになった。文章としてはオバマ氏個人の業績と資質を表に出しているが、これは、すべての国の国民への励ましのメッセージなのだ。ベースには時代への危機感がある。しかし、今回はその危機感が広く世界の人々に認識され、危機を克服する運動が進もうとしているという希望がある。ある意味で時代の成熟がある。それはノーベル財団が百年間余目指してきたものでもあった。ノーベル賞委員会の最後のパラグラフには特別の感慨が感じられる。

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2009年9月13日 (日)

オバマ発言の背景、核廃絶運動の課題を語る・・・平和市長会議でのデスコト国連総会議長発言

 以下は2009/08/08に長崎で開催された第7回平和市長会議で行われたデスコト国連総会議長の挨拶を翻訳したものです。2020年核廃絶に向けての運動を進めて行く上で有益な示唆が含まれている発言ですが、平和市長会議のホームページに翻訳文が掲載されていないため、翻訳してみることにしました。国連本部の英文原文とリンクしてありますのでご参照下さい。プラハでのオバマ発言や、日本政府の姿勢についても冷静な指摘がありました。平和運動に携わっている方々には必読のものだと思われました。

 時あたかも、包括的核実験禁止条約発効促進のための国連安保理首脳会議が9月24日にオバマ大統領の議事の下で開催されようとしています。少し長めのものですが、ご一読下さい。
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《 第7回平和市長会議に寄せて 》

 親愛なる田上市長、平和市長の皆様、被爆者の皆様、ゲストの皆様、そしてすべての兄弟姉妹の皆様、

 この午後の時間を皆様とご一緒に、第7回平和市長会議総会に出席できることは、私にとって本当に名誉あることです。

 とくに田上市長と秋葉市長には、追加の招待状を発行して頂いたことに感謝申し上げます。その招待状のお陰で私は今日ここにいることができます。そしてお二人とそのすべての協力者の皆様にお祝いを申し上げます。三千近くの市と世界各地の何百万の市民が核兵器のない世界のために疲れを知らないリーダーシップを発揮頂いてきました。

 我々は丁度良い時に集まりました。世界中の国や政府の長により、また今こそ核兵器を永遠に廃絶することを約束する時だと宣言したあらゆる政治勢力の中でその名を知らしめることができたからです。

 我々はこの希望の時に集まりました。多くは平和市長会議のメンバーとして、そして同様の考えを持つ世界中の協力者として疲れることを知らず情熱的な仕事を経て集まりました。

 我々が如何に困難な、しかし避けることのできない、世界からの核兵器廃絶を保証するための旅を経てここに集まったかについて、私自身の考えを述べ、分け合う機会を得ることができることは、私の喜びとするものです。

 我々が今どんなところにいるのかを評価するためには、我々がどんな道を歩んできたのか知ることが大切です。ですので、歴史をおさらいすることから始めることは意義のあることだと思います。

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2009年8月28日 (金)

自民・民主両党の危険な核抑止論・・・核全面廃棄運動に科学的基礎を

(1)核抑止戦略を明確にした自民党マニフェスト

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〈 誇りと信頼ある国家を、もっとプラスへ。〉

 北朝鮮のミサイルや核は明らかな脅威です。
 国民の生命を守ることは、政治の大きな使命です。

 「領土問題」には毅然とした対応を。
 「拉致問題」は許しません、絶対に。

 海賊なんかに負けない、テロにも絶対動じない。
 日本として必要な国際貢献を、引き続き。

 いま、そして未来のために、新しい日本のルールを。
 憲法の改正を実現させます。
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 これは自民党総選挙マニフェストの11-12頁に書かれているスローガンです。読まれて、どう思われましたか。

 「北朝鮮の瀬戸際外交を利用して国民の不安を煽り、軍事力抑止、核抑止戦略をめざすもの。米国覇権主義自体がその破綻を認め、米国自体が核廃絶を明確にしつつある時に、自民党の安保外交政策は日本国民を孤立させ危険にさらすもの。」、私はこう感じました。
 「日本人には勇気がある、日本は強い、憲法だって変えられるんだという右翼的ムードを醸成しようとするもの。強い日本、力の自民というイメージで国民の支持獲得をめざす。」というようにも読めました。

(2)「反核平和運動」への麻生首相の挑戦

 自民党が安全保障戦略を争点にしようと仕掛けてきていることは日が経つに連れ明らかになってきました。

 8月6日原爆の日、午前の広島市での記者会見で、麻生首相は核廃絶への取り組みについて聞かれ、「核を持って攻撃しようという国がわれわれの隣にある」と述べ、北朝鮮への警戒が必要だとの考えを示しました。
 その上で、首相は「核を持って抑止する力を持っている米国と日本は同盟を結んでいる現実を踏まえて話をしないと。一方的に誰かがやめれば、相手もきれいにやめてくれる世界ではない」と述べ、現状では米国の「核の傘」が必要との認識を強調しました(2009/08/06時事com)。原爆の日に広島で首相が行う発言としては、相当抜けているか、かなり意図的かのどちらかです。今回は後者でしょう。広島、長崎への核兵器擁護勢力としての挑戦です。

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