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2013年2月 3日 (日)

スティグリッツがアベノミクスを評価したという日経記事の意図とからくり

この記事は3月のスティグリッツ来日による、安倍首相との面談前に書かれたものです。この記事には改訂版がありますのでそちらをお読みください。内容としては、5がつのスティグリッツ再来日、理論会議をカバーしています。

→ スティグリッツが、アベノミクスを評価した意味(3・21安倍首相面談を受けての再検討版) 


1月26日、日経電子版に同付日経朝刊の短い記事が転載されていた。見出しは「アベノミクス『一定の効果』、スティグリッツ教授円高是正のデフレ対策を評価」である。そこで報道されているスティグリッツ米コロンビア大学教授の発言は以下のようにきわめて限られたものであった。

「一時1ドル=75円台に達した昨年秋までの円高は『日本が相対的に安定しているという理由で買われた』と指摘、実体経済を映した水準ではないとの認識を示した。『日本の金融緩和は景気浮揚に一定の効果がある』とも話し、『研究開発支援などの分野で財政出動も必要だ』と提言した。」「円高を是正して景気を刺激し、本格的なデフレ対策を打つという意図は正しい。」

昨年の円高は実勢水準を離れたものであり、円高是正のための金融緩和は、(輸出競争力強化を通して、日本の)景気浮揚に一定の効果があるというのは、スティグリッツの従来からの考え方であった。日本は2011年から既に貿易収支赤字国になっており、赤字額は同年の2兆5千億円から2012年の6兆9千億円に急増している。政府の介入による円安誘導が他国からも理解される状況になっていたのである。スティグリッツは欧州の財政危機においても緊縮政策に反対し、景気刺激策による景気浮揚の優先を主張した。しかし、スティグリッツの金融緩和政策は中小企業や環境保護産業に必要資金へのアクセスを確保し、雇用を増やし、労働者の賃金を引き上げ、個人消費を増加させ、結果的に総需要を大きくしていくことにあった。だから持続可能な総需要の増加に結びつかない金融緩和政策には批判的であった。今回、インタビューの中でもし、日経記者が消費税率の引き上げと、労働力の流動化(賃下げを含む労働条件の悪化)を伴うものであることについて触れコメントを求めていたならば必ずアベノミクスを批判していたであろう。

また、「円高を是正して景気を刺激し、本格的なデフレ対策を打つという意図は正しい。」という発言をもって「大胆な金融緩和や財政出動を柱とする安倍政権の経済政策を評価した。」と記者のコメントが続くが、これはこの金融緩和政策が総需要の増加に結びつくものであるかどうかについての検討なしに行われている。

この点では、「なお、景気浮揚策を推進する場合、研究開発支援などの分野で財政出動も必要である。」というスティグリッツの付言が、格差と総需要の問題でアベノミクスへの評価に條件を付けた重要なコメントといえる。二年前の同じ日(2011年1月26日)、ブルームバーグはスティグリッツの米国の政策当局への不満を報道している。「本当の問題は、どれだけ沢山のお金を使ったかにあるのではなく、どのようにお金を使っているかだ。」「我々が本当に必要としていることは、実際に存在もしない敵のために働くこともない武器への支払を削減し、投資への支出を本当に増加させることである。」

そして、一年前の2012年1月26日、ブルームバーグはスティグリッツのEUの政策当局への不満を報道している。「彼らは『成長が必要だ。緊縮策は不十分だろう』という決まり文句を繰り返しているが、成長を実現する国の方針は示していない」。昨年9月の米国QE3(第3次量的緩和)に対しても資金が生産のための投資に回っていない中でのQE3は過剰流動性をもたらすだけだと批判した。今年1月26日の会場での発言は、以下のようなものであった。「欧州での政府支出カットは本当に成長の障害となっている。彼らが焦点を当ててきたのは緊縮経済であったが、それはその他の問題を軒並み悪化させる。緊縮政策は何度も試みられてきた。米国フーバー大統領は1929年に試み株式恐慌を大恐慌に変えていった。」「歴史は、経済成長の最もよい国でこそ、新産業を生み出した電信からインターネットに及ぶ新技術を支援することによって政府支出が重要な役割を果たしたことを示している。」

結論としてスティグリッツの考え方を纏めてみると:
①スティグリッツは不況期には金融緩和政策を含む積極的景気刺激策を採用する考え方を持っている。緊縮政策は採用しない。
②しかし、その目指すところは潜在的な生産力を引き出すことであり、過剰流動性の供給には反対である。
③失業/就業を含む格差の拡大が今日の危機の原因であり、今日の経済政策はこの問題を解決/改善する方向のものでなければならない。

これらの点から言えば、1月26日付け日本経済新聞の、スティグリッツがアベノミクスを一定評価したという記事は取材報道姿勢の問われるものであったと言わざるをえない。
①スティグリッツの経済政策は、大きく3つの要素から構成される。であればそれぞれ三つの観点から評価を尋ね、スティグリッツが安倍政権の経済政策をどう評価するか尋ねるべきであった。ところが、検討したのは殆ど一項目に絞られ検討内容が限られた。
②しかも、同項目は数が限られた意見一致項目であった。
③そこで、意見の相違の少ない一項目で『一定の効果』があるという言葉を引き出し、他の政策に触れないことにより、あたかも経済政策全般について『一定の効果』が認められたかのような読者の誤解を誘導することになった。これによって、従来野党の有力な拠り所となっていたスティグリッツを取り込むことは無理としても、少なくともスティグリッツへの革新の人々の信頼や共感を傷つける効果を上げたと言えよう。私達も、マスメディアのこうした報道に対する感性を持っていかなくてはならない。

尚、安倍首相がインフレターゲットを主張しているのに対して、スティグリッツは同政策に反対している。この問題については別の機会に検討したい。

森史朗 2013/02/03 和泉通信ブログ

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