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2011年10月 5日 (水)

ラガルドIMF専務理事とゼーリック世銀総裁の9月総会前スピーチに見た景気動向と11月G20の課題

《 目次 》
 はじめに
  出典
1.ブレトンウッズ体制の位置づけと今日の問題点
2.民主的ガバナンス
3.今日の危機・変化の捉え方
4.危機克服への展望と課題

《はじめに》
・この文章は、9月23日に米国ワシントンDCで開催されたIMF-世銀年次総会に先立って、9月14日から15日にかけて行なわれた、ラガルドIMF専務理事と、ゼーリック世銀総裁によるスピーチの内容をスティグリッツ或いはパリグループの見解と比較検討したものです。文章は4節から構成されていますが、各節が3項ずつに分かれています。「①パリグループ」は、この文章の本筋に当たる部分で、ラガルドIMF専務理事、ゼーリック世銀総裁の順にスピーチの各節に当たる部分を比較検討しています。黒のフォントを利用しています。②③は、ラガルドIMF専務理事と、ゼーリック世銀総裁スピーチの引用したものを記してあります。前者に青、後者にオレンジ色を利用しました。ふたりともこの文章の節の順番に書いているわけではないので、各節の掲載引用文の順序は原典と異なります。ブログ本文には、①の部分だけをまとめたものを掲載し、②③を含めたものは、ダウンロードするようにしてあります。
・IMF、世銀はWTOと共にブレトンウッズ体制の中核機関を構成しているだけに、その主張に大きな差はないはずですが、今回の二人の発言にはかなりの違いがありました。ラガルドIMF専務理事の発言には、経済政策が社会にもたらす負荷への配慮がありました。ゼーリック世銀総裁もこの問題には触れていましたが、市場、特に民間市場への信頼が厚く、必要な規制や配慮への認識が足りないように見えました。政治的な背景にサルコジ仏大統領を持つラガルドと、ブッシュ前米大統領を背景に世銀総裁になったゼーリックとの違いとも言えましょう。
・スピーチは危機感に満ちており、決断と協調が求められていますが、協調してゆくためには危機克服のための政策的合意が必要です。その合意がまだできていません。11月3-4日に掛けてG20がカンヌで開催されます。会議を主宰するサルコジ大統領は年初にパリグループから提言を受けていますが、国際金融制度改革を含めて、問題解決の道筋についての合意レベルを高めてゆくことが求められています。
・例えば、ギリシャを始め南ヨーロッパ諸国に厳しい緊縮財政を求めたとすれば、国内の社会的緊張が高まりを予想され、投機筋の攻撃を受け為替安、債券安、株式安のトリプル安になることも想定されます。そうなれば日本でも円高が進み、業績悪化見込みによる株式の下落も起こり得ます。緊縮財政を取らなければ、それはそれで同じことが起き得ます。これでは、どう転んでも景気の悪循環から抜けだせません。雇用と景気回復の信頼できる見通しと國民の理解、国際社会の協調と決意が不可欠です。投機筋に隙を与えない強力な協調体制が必要であると同時に、根拠のある見通しが必要なのです。しかし、政治が事態に追いつくことは難しく、本当に危機を克服してゆくためには、もう少し痛い目に合わないといけないようです。

《 出典 》
①ジャン-ポール・フィトゥッシOFCE教授、ジョセフ・E・スティグリッツコロンビア大学教授による総括文書:「サルコジ大統領宛てパリグループ提言」2011/02(三訂版:合田寛監訳、森史朗翻訳2011/09/03)
クリスティーヌ・ラガルド国際通貨基金専務理事:ウッドロー・ウィルソンセンターでの演説、2011/09/14 (国際通貨基金東京事務所ホームページに掲載されている日本語訳) 
ロバート・B・ゼーリック世界銀行グループ総裁:ジョージ・ワシントン大学での演説、2011/09/15     (世界銀行東京事務所仮訳)
→ 「imf91120.pdf」をダウンロード
(ラガルドIMF専務理事、ゼーリック世銀総裁の引用付きPDF)

1.ブレトンウッズ体制の位置づけと今日の問題点
・ラガルドIMF専務理事は、IMFのアイデアとして、『連携による経済的安定のみならず、全ての人々のためのより良い未来を実現する』ということを強調して人々の生活への配慮を示しました。ブレトンウッズ体制の、体制的危機と言う認識は示していませんが、『我々は、危機の新たな危険な段階に入った』と大きな危機感を表明しています。そしてブレトンウッズ体制を準備した時のウィルソンの姿勢を顧みて、経済が直面する中核的問題を明確にすることがIMFの責務であるが、同時に、IMFはより良い結果を導き出すべく働きかけを行うことでも貢献することができるとIMFの役割認識を述べています。英米的自己責任・自助努力でない、EU大陸国的な発想の健全さが感じられました。
・ゼーリック世銀総裁は、「ブレトンウッズの起草者は、彼らの時代に見合った体制を確立した。そしてその体制は、苦しみ、もがきながら今日に至っているが、大枠は損なわれていない。」と、今日でもブレトンウッズ体制に好意的です。しかし、「ブレトンウッズ体制そのものは神聖でもなければ永遠でもない」と、改革の必要性を示唆しています。彼の言うとおり「時代は1944年とは違うのです」。今日の状況についても後に「ほとんど余裕のない新たな危険ゾーンに突入している」と、ラガルドIMF専務理事の「危機の新たな危険な段階に入った」と同じような表現をしています。
・パリグループは、2008-2009年のG20の成功の原因を景気刺激策の遂行と保護主義の抑制のための国際的協調が維持できたことに求めており、その後再発した金融危機の原因も、政府の公的債務への懸念をめぐって生まれた政府間、更には政府・市場間の協調の弱まりに見ています。国際的協調の重視という点では、ラカルド、ゼーリック両氏と同様ですが、問題は危機克服のために、どういう点で協調する必要があるかということです。その点については、「4・危機克服への展望と課題」を見て下さい。危機感の深さについては、パリグループは、「この11月に開かれるG20が成功しないとG20の重大な社会問題との関連が問われるだろう」と、ラガルドIMF専務理事同様、社会問題への懸念を強めています。

2.民主的ガバナンス
・ラガルドIMF専務理事は、ウッドロー・ウィルソンの「慎重さには、利己主義が潜んでいる」という言葉を紹介し、あと戻りや中途半端な施策、或いはその場しのぎに甘んじていることはできないと、機を失わずに対処することを求めました。
・ゼーリック世銀総裁は、ここでガバナンスの民主化についてのかなりまとまった方針を示しています。詳細はこの節のゼーリック世銀総裁のスピーチを一読下さい。経済や開発事業に関わっている人々(ステークホルダー:利害関係者)が、それぞれの立場で責任を果たし、利益の配分を得るという枠組みのもとに展開されています。しかし、ステークホルダー間には利害の対立もあり、全てのステークホルダーの間に安易に共通認識を前提とすることは、現状の固定化をもたらすことになりかねません。
・スティグリッツ及びパリグループの戦略を一言で述べれば、「今日の経済・社会危機を危機が解決のため要請している新しいガバナンスの構築により解決してゆくこと」です。しかし、その内包するところは大きなものがあります。今日の危機の原因を解明し、その解決のための力関係の構築までしようというのです。市場の拡大は新たな問題を生起し、その克服には、それに見合ったガバナンスが必要とされます。現代は地球規模のガバナンスが求められています。経済・社会の新しい均衡点(所得格差、国際収支不均衡、新しい国際通貨金融システム、経営者と投資家の分離によるエージェンシー問題、リスクテイクを促すインセンティブの仕組み等を解決する均衡点)についての合意を形成する必要があるのです。更には、合意の拡大と実現を目指し、それを実現できる力関係(ガバナンスの仕組み)を作ってゆくのです。

3.今日の危機・変化の捉え方
・ラガルドIMF専務理事は、・我々が3つの別個の、しかし相互に関連した問題、すなわち、成長の足かせとなっているバランスシート圧力、世界経済システムの中核の不安定性、及び社会的緊張に直面していると分析しています。概要は下記の通り。
・第一のバランスシート圧力問題では、弱い経済成長と政府、金融機関、及び家計の脆弱なバランスシートが、信認・信用危機を増幅し、需要、投資、及び、雇用創出を抑制するという負のサイクルの勢いを増しています。具体的には、世界経済全般にみられる高失業率、ユーロ圏の債務危機、新興市場国の景気過熱と輸出依存型構造の問題、低所得国の脆弱性等の問題が山積しています。
・第二の「中核の不安定性リスク」は、我々の世界が相互に繋がっており、一国の経済の揺れが、世界中に瞬く間に影響するという問題です。そのため、景気動向が世界レベルで同時的になり、不況の国が自国通貨安を利用して好況国への輸出促進により景気回復を図るといった方法が難しくなります。
・第三の社会的緊張の問題は、社会の富裕層の利益となってきた経済成長の後遺症ともいうべきもので、階層化と、階層間格差の拡がり、青年層の慢性的高失業率、緊縮財政下での社会保障の劣化に対して社会的緊張が高まって来ている問題です。実体経済よりも金融機関が優先されていることへの不満もあります。「歴史的転換点にある中東及び北アフリカでの変化も忘れてはなりません。」という言葉に、中東革命の動きが先進諸国に与えたショックの大きさを改めて感じさせられます。
・ゼーリック世銀総裁は、今日の世界の動きを二つの地殻変動によって分析しています。それは、新興市場を世界経済の新たな原動力へと発展させつつある地殻変動と、先進国に急ブレーキをかけさせた地殻変動の二つです。第一の変化は新興市場を世界経済の新たな原動力へと発展させた地殻変動です。例えば90年代、途上国は世界全体の成長のおよそ5分の1の寄与に過ぎませんでしたが、今では、世界経済を牽引する原動力となっています。具体的な開発案件に携わっている世銀だけあって、多くの統計や指標を出して新興市場、途上国の開発・発展状況を提示しています。(詳細は、この節のゼーリック世銀総裁の発言を確認されたい。)
・二つの地殻変動のうちで問題なのは、先進国に急ブレーキをかけさせた地殻変動です。ゼーリックは、先進国を厳しく批判しています。特に欧州に対する追求は、理論的には切れ味の良いものなのですが、ラガルドIMF専務理事の言う「社会的緊張の問題」への視点が欠けているように見えます。重なりますが引用しておきます。「欧州各国が、共通の通貨に対する共通の責任という、困難な真実を認めまいと抵抗する中、世界経済は、ほとんど余裕のない新たな危険ゾーンに突入しています。ユーロ圏が、通貨同盟で団結を誓いながら、それが機能するよう財政面で連携することもなく、競争力のない重債務加盟国に及んだ影響を受け入れることもないのは無責任です。」
・日本に対しては、「日本は、混乱している経済成長モデルを立て直すための構造的な経済・社会改革に抵抗してきました。」ここに出てくる「構造的な経済・社会改革」の意味するものが、私には新自由主義的構造改革のイメージに重なってしまいます。
・米国については、「平時としては最大の財政赤字を抱え、債務の加速要因の削減方法について合意に至る兆しがありません。社会福祉予算の持続不可能な増大や、成長促進型税制の必要性、行き詰った貿易政策など基本的な問題への対応をためらっています。」として、オバマ政権の社会福祉政策を批判し、ラガルドIMF専務理事とは異なる立場を取っています。そして、その批判視点はやはり新自由主義を想起させるものでした。
・しかし、一方で、先進国も財政改革、民間セクターの成長促進、生産性向上、雇用創出に向けた構造改革や税制改革への方向転換により前進が可能としています。これも内容的には新自由主義を化粧直ししたものにも見えます。

4.危機克服への展望と課題
・ラガルドIMF専務理事は、では問題解決のために何ができるでしょうかと問いかけ、回復と経済の安定性を確保するために不可欠な政策要素として、修復(repair)、再調整(rebalance)、改革(reform)および再構築(rebuild)の4つのRを提案します。
・ラガルド専務理事は修復の説明から入ります。「何よりも先に、回復を打ち消す危険性がある、政府、家計、銀行へのバランスシートの圧力を緩和しなければなりません。政府については、先進国は、公的債務比率を安定させかつ引き下げる現実的な中期的計画が必要です。しかし性急な再建は、回復を妨げ雇用見通しを悪化させるので、修復の遅れによる信頼性の喪失と、修復の進行に伴う成長の弱化という二つの危機の間で、適切にバランスを取ることが課題だといえます。」経済成長回復の遅れ、緊縮財政がもたらす貧困層の苦しみ、社会的緊張に配慮した姿勢が伺えます。
・第二のR はこれからのより安定した経済の土台を築くための改革です。金融改革面では、資本の質の向上及び流動性基準の強化を段階的に進めることで大筋、合意しました。しかし、まだまだ多くの問題がリーマンから3年経った今でも未解決であるという事実を、我々すべてが真剣に考えなければなりません、とラガルド専務理事は取り組みの遅れを指摘しました。また、社会的側面での改革に関連して、雇用をその中核に位置づける必要があるとし、ドストエフスキーの言葉を引用しました。曰く、「意味のある仕事を奪われたものは、生きる理由を失う」というのです。雇用は需要を維持するのみならず、人間の尊厳に関わるものです。ラガルド専務理事は、これは特に、競争を始める前にレースに負けるリスクを背負う若者にとり深刻な問題だと締めくくります。雇用を人間の尊厳の問題とする見方はゼーリック世銀総裁の発言にも位置づけられています。EUでは、この問題は1993年の発足当初から議論されていました(「ヨーロッパ社会政策の選択に関するグリーンペーパー」1993年11月)。
・第三のRは再調整(rebalance)です。これには二つの意味がありますが、現時点では、世界の需要の主軸を対外赤字国から対外黒字国へ移行することが重要です。ここでのアイデアは、先進国で支出が減少し、貯蓄が増大している中、主要な新興市場国が一段と積極的な役割を担い、世界の回復を支えるために必要な需要のエンジンとなるという、明確なものです。しかし、これまでの再調整は、主に低成長(国際収支赤字国の緊縮財政政策による低成長)によるものでした。一部の国では、内需の成長を著しく遅くし通貨の上昇を必要以上に抑制するという政策を取っていることから、再調整が進んでいません。
・貯蓄の増加による総需要の減少の問題はスティグリッツ及びパリグループが新興国、途上国の動きとして指摘して来たことですが、今日、先進国でも民間レベルの動きとして強まってきました。これは『節約のパラドックス』とよばれているもので、皆が貯蓄に励めば消費の減少を通じて貯蓄が減少するというものです。貯蓄が投資に回れば良いのですが、マクロ経済では投資が貯蓄を規定すると言われており、貯蓄増=投資増とはなりません。ところが、第四のR、再構築 (rebuild) の所で、ラガルド専務理事は、低所得国に財政ポジションを含めた経済政策のバッファーの再構築に取り組むことを要請しているのです。これでは総需要の増加に結びつきません。また、これでは、パリグループが問題にしていた貧しい国から豊かな国へ富が移転する構造がそのまま残ることになります。
・ゼーリック世銀総裁は、危機克服への課題として、世銀らしいとも言えるのですが、マクロ的議論でなく、ミクロ的議論を展開します。
・まず、既に述べた通り、「今や大半のアフリカ諸国の成長率は既に危機前の水準を回復し、更にそれを上回っていることを強調し、後進国では民間セクターにも成功の可能性があるとして、携帯電話事業の成功を話題としています」が、それは外国資本による市場独占を想起させます。外資導入、企業売却に対しては資本管理政策が必要となるはずであり、そのことについてのコメントがあって然るべきです。
・そして、「これからの『援助を超えた』世界において、援助は、グローバルな成長戦略に組み込まれ、結び付けられるべきであり、成長は基本的に民間投資と起業によって牽引されるべきものです。その目標は、チャリティではなく、成長の多極化をさらに進めて相互利益を図ることです。」と言うに至っては、新自由主義的ルールに取り込まれたグローバリズム経済そのものです。
・それに続く「『援助を超えた』世界では、G7,G20の経済政策面でのリーダーシップが援助額と同様に重要になってくる」と言う言葉は当然のものとなります。G7,G20が、グローバリズム経済をコントロールして行くのです。こうした体制は、ヒエラルキーをステークホルダーという言葉に言い換えただけのようにも思われます。
・次いで、「『援助を超えた』世界での金融・食糧・医療イノベーションへの期待がかなり楽観的に述べられています。ここでも、必要な規制・管理面のことについて触れられていません。
・「とは言え、こうした変化は、援助を不要とするものではありません。ミレニアム開発目標の達成には、課題が山積しています。『底辺の10億人』は今や15億人近くに膨れ上がりました。」と、援助継続の必要性を強調した一方で、「ドナー国が債務返済に苦戦しているため、援助を取り巻く環境が冷え込むことも認識する必要があります」として先進国による誓約の不履行も容認しているのは途上国への援助を後退させるものとなりましょう。
・ゼーリック世銀総裁のスピーチの最後は、3年前から取り組んできた「1パーセント・ソリューション」への取り組み実績と、「50パーセント・ソリューション」の新たな呼びかけになっています。この節のゼーリック世銀総裁発言の最後にある「50パーセント・ソリューション」は、一読に値すると思います。
・この9月28日に欧州委員会は、EUに金融取引税を導入することを決定しました。株式と債券取引に0.1%、デリバティブ取引に0.01%を課税し、税収は年に570億ユーロ(約6兆円)を見込んでいます。外国為替取引や銀行間預金取引が課税対象となっていないことなど、まだ初歩的段階にとどまっているが、各国の市民団体や労働組合の運動が実ったものとして評価したい。「パリグループの提言」でも取り上げていたものであるが、11月のカンヌG20の良い幸先としたいものです。

以上
森 史朗 (和泉通信ブログ)2011/10/05

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