2011年、中東民主主義革命(2010/12-2012/1)
総括 アルジェリア
イエメン イラク
イラン エジプト
オマーン クウェート
サウジアラビア ジブチ
シリア スーダン、南スーダン
チュニジア バーレーン
モロッコ ヨルダン
リビア ( アイウエオ順 )
《総括》
今、中東が内側から変わってきている。イスラム教は、もともと他の宗教に寛容であったが、イスラム原理主義と対抗する中で、イスラム教への帰依を国民の義務にするようなことがないことを明確にするようになってきた。
そして、留学、出稼ぎ、インターネットを通じて基本的人権、国民主権、経済社会の公正を当然のこととする権利意識が成長たしてきたのだと言えよう。そうした成長した意識は、三〇年、四〇年という長期独裁政権に、閉塞感を感じていたのである。勿論そこでの「権利意識」はイスラム的な「社会の権利」として捉えられていると思われるが…。何れにせよ、その意味では、今回の変化は早晩予想されていたものといえる。そして、今日の経済社会危機が国民にもたらした高い失業率(各国9~14%)、暮らしの貧困、特に最近顕著になってきた投機資金参入による食糧品価格の急騰が、きっかけとなり、国民が革命に脚を踏み出したのである。そして、その第一歩を踏み出したのは、北アフリカで最もヨーロッパ的な国として知られていたチュニジアであった。ジャスミン革命の端緒的成功は、チュニジアの民にできたことは自分達にもできるはずだという自信をもたらし、変化への条件を満たしていた周辺国にあっという間に広がっていったのである。
ここにインフレと投機の話が出てきた。このテーマは、一般に景気刺激政策からの出口戦略の判断時期の問題として議論されがちであるが、景気刺激策として初期に投下される資金についても言える話なのである。生産への投資に誘導したいとして供給したマネーが過剰流動性となり、不動産やエネルギー、食糧などへの投機資金となる。中東民主主義革命は、今回の経済社会危機の深さを測れないでいる資本と政治の姿を映し出しているものでもある。
しかし、中東民主主義革命への道は平坦ではない。一国レベルの民主的政党を形成するためには時間がかかる。部族主義や宗派対立が持ち込まれるリスクもある。宗派対立はしばしば国境を超えた干渉となる。エネルギー問題が絡む地だけに、欧米の干渉も大きい。「中東現代史を振り返り、中東問題を考える(3/5)」でも明らかにしたが、多くの要因による外部からの干渉こそ、中東の民主化を遅らせてきたものなのである。
イランが、米国の干渉を排し、自国の自主性を守ろうとしたことは擁護されるべきと考えるが、イランの現政権はイスラム原理主義ともいえるかたくなな保守性を持ち、その実現のために、不透明な核開発を行ない、国内での野党勢力の弾圧を行うことは許されることではない。例え、核非拡散条約が核非保有国にとって片務的なものであるという批判が妥当であるとしても、それで許されるものではないと思われる。
一方、イラクにとって、昨年は、米軍が2基地、4千人を除いてイラク駐留を完了した年になる。米軍に依存してイラク再建に従事してきた政府は自らの手で自国の政府と国民の安全と経済の発展を維持することはできない。それができるようになるためには、歴史的な経験と、その文化としての蓄積が必要である。
5月1日にオサマ・ビン・ラディンがパキスタンで殺された。イスラム主義の象徴のようにされたこともあったビン・ラディンだが、今回の中東民主主義革命を比較すると、その保守性、特殊性が明らかである。
今回は、中東諸国16カ国の運動の1年間の動きを国別にまとめてみた。各国の失業率は、ニューヨーク・タイムズからの引用である。事実関係の報道も同紙による所が大きい。革命前史と言う感のある、各国の歴史や地理的問題に触れている項はウィキペディアによった所もある。掲載順序はあいうえお順としてある。年表の域を出ないものもあるが、それはそれで、ドキュメンタリーな感覚で中東の胎動を感じ取れるのではないかと思われる。
チュニジア、エジプト、リビアから始まった革命は、今、焦点をシリア、イエメンに移している。既存の政権を倒す以上に、新しい政権を作ってゆくことは難しい課題である。チュニジアは、民主主義的社会への移行という課題でも中東をリードする役割を担う位置に在るように見える。エジプトでは強大な軍と、穏健派イスラム主義と言われている中での保守主義が民主主義を歪めてくるリスクがある。リビアは民兵を抱えている部族から武器を取り上げることができず、部族社会の影響を強く残すことになるリスクを抱えている。シリアでの対立はバアス党アサド政権の継続か廃絶かというものであり、平和的な解決は期待しにくい。国連をベースにシリア国内での武力行使を許さない体制を作れるかどうかが問われてくるが、そうした関与自体を干渉とする見方もあり、国際世論の形成が鍵となるであろう。イラク、イランは、その契機は他の国々と異なる所があるとしても、自国政治制度と文化を民主主義的なものにすることを課題としていることにおいては変わりない。バーレーンの動きは一旦収束に回ったように見える。しかし、問題の構造はシリアに似ており、現在の収束内容では長期的な安定は期待できない。4月27日ニューヨーク・タイムズは、「攻撃にさらされたアラブのリーダー達は、やめるよりも闘うほうが良いと決意した」で、今後は、チュニジアやエジプトのように逃げたり、辞任したりするよりは最後まで弾圧する方を選ぶだろうとしている。彼等の学んだものは、次の三つである。①限られた譲歩、②外国やアルカイダ等の第三者に対する批判、③いかなる手段をとっても、街頭から人々を追い払うことのできる治安部隊である。中東民主主義革命への道は一層険しいものになろうとしている。
そんな膠着状態の中で、モロッコが、国王の提案により首相権限を強めるための国民投票を7/1に実施し93%の賛成票を得て成立した。国民の動きもさほど大きくなかった国で、国王が先手を打ったと言えそうだが、血なまぐさい一歩でなく、妥協の一歩であったことは歓迎したい。サウジアラビア、クウェート、オマーンは、豊かな石油収入からの、モロッコ、ヨルダンについては燐鉱石収入からの追加的還元を行うことで、国民の批判が大きくなるのを防いでいる。しかし、今日の国家運営を行なってゆく場合に、世襲制の王政では限界があり、長期的には共和制或いは名目的な君主を伴う立憲君主制の政治形態への移行は避けられないと思われる。
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